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河原崎國太郎 (5代目)

かわらさき くにたろう
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河原崎 国太郎(かわらさき くにたろう、1909年10月14日 - 1990年10月11日)は、前進座の女形で俳優。本名:松山 太郎(まつやま たろう)。屋号は山崎屋。 両親とも広島県の出身。祖父・渡辺又三郎は広島藩主浅野家に仕え、維新後、代言人から政治家になり広島市会議長、第8代広島市長、衆議院議員などを務めた。父・松山省三はその三男で松山家に養子入り。リベラリストだった省三は政治家になることを嫌がり、画家になるべく家族を連れて1909年上京。母・英子は当時妊娠7ヵ月で、上京直後に生まれたのが太郎(国太郎)である。このため東京神田の生まれだが、国太郎自身「私の故郷は広島」と話している。 1928年、旧制立教中学校卒業後、二代目市川猿之助に入門。

出典:ウィキペディア「河原崎國太郎 (5代目)」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋