奈良原 浩(ならはら ひろし、1968年5月16日 - )は、埼玉県白岡市出身の元プロ野球選手(内野手、右投右打)、プロ野球コーチ。 埼玉県白岡町でクリーニング店を営む家庭に生まれる。4歳の時に軟式野球のボールとグローブを買ってもらい、父と仕事の合間などにキャッチボールをするようになった。白岡市立篠津小学校ではスポーツ少年団で野球をし、篠津中学を経て帝京高校に進学。帝京では練習時間の2/3が守備練習に充てられ、監督の前田三夫による優れたノックで守備を鍛えられたという。1学年上に河田雄祐と小林昭則、1学年下に芝草宇宙がおり、チームは2年春の選抜大会で準優勝している。夏は東東京大会決勝で敗れて主将となった2年秋は東京都大会で優勝すると3年春も選抜大会に出場し、初戦で高知高校と対戦して自身は「1番・遊撃手」として2安打1盗塁の成績を残したが、チームは0対3で敗れている。
出典:ウィキペディア「奈良原浩」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
