成田俊彦(なりた としひこ)は、元バスケットボール選手、現在は山口パッツファイブ(旧山口ペイトリオッツ)代表取締役社長である。 聖徳学園関東高等学校から京都産業大学を経て、マツダオート東京で選手としてプレーし、後に広報に転じる。 1996年にアンフィニ東京が廃部になると、クラブチーム「所沢ブロンコス」を設立。GMに就任する。 1999年に日本リーグ昇格を果たしたが、当時の日本リーグは実業団のみで市民球団(クラブチーム)は例がなかったため、選手登録窓口だった実業団連盟と揉めるが、結局連盟は折れる事になり市民球団を認めさせた。 2005年、新潟アルビレックスの河内敏光GM(当時)とともにJBLを脱退。
出典:ウィキペディア「成田俊彦」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
