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宮本保孝

みやもと やすたか
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宮本 保孝(みやもと やすたか、1930年3月18日 - 2006年2月27日)は、東京府出身の大蔵官僚。 大蔵省では銀行局長、理財局長などを務めた。銀行局長に就任し、同期のなかで最も早く局長に就いた。時に国際化や自由化、金利一元化にみる郵貯問題で銀行局や業界事態が地盤沈下していた中での就任だったが、就任理由は、澄田智元銀行局長の下で金融効率化問題を手掛けるなど、課長補佐時代から将来の銀行局長候補といわれていたこと、直接的には、前任の米里恕局長が新銀行法制定作業を巡り銀行業界(全銀協)と対立。銀行界が造反し、時の渡辺美智雄蔵相に直訴したトラブルで、翌年夏に更迭されたため。 退官後は信金中央金庫(全信協ないし全信連)の初代理事長を務めた。

出典:ウィキペディア「宮本保孝」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋