鬼頭 政一(きとう まさいち、1920年2月9日 - 2008年11月4日)は、愛知県名古屋市野立町(現・熱田区)出身のプロ野球選手(内野手、外野手)・コーチ・監督、解説者。 同じくプロ野球選手であった南海の鬼頭数雄は実兄、近畿日本の鬼頭勝治は実弟。 旧制日大三中卒業後、1940年に名古屋軍へ入団。同年のシーズン途中に兄・数雄の在籍していたライオン軍に移籍し、2年目の1941年8月1日の大洋戦(後楽園)で6回表に浅岡三郎から勝ち越しとなる初本塁打を放つ。1942年まで在籍し、その後は1943年に出征して輸送船で南方へ赴くはずであったが、直前に歩兵戦術を学ぶため国内に残った。鬼頭が所属していた部隊の船は、台湾沖で沈没している。
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