本間 二三雄(ほんま ふみお)は、日本の元体操競技選手で、スポーツ科学者。 1932年ロサンゼルスオリンピックに体操競技初の日本代表として出場した本間茂雄の四男として生まれる。 桐朋高校、東京教育大学出身。 東京教育大学在学中、1972年ミュンヘンオリンピックの国内予選であん馬に「一腕上向き正全転向」という技法を用い、これは長らく「一腕全転向技群」と呼ばれる技法では唯一の実施例となり「幻の技」と称された。1972年ミュンヘンオリンピック日本代表となるが、補欠のため本番の試合には出場せず、団体総合の金メダリストとはならなかった。 リュブリャナ(ユーゴスラビア、連邦構成国のスロベニア内)で開催された1970年世界体操競技選手権とヴァルナ(ブルガリア)で開催された1974年世界体操競技選手権の団体総合で金メダルを獲得した。
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