米川 忠吉(よねかわ ただよし、1932年(昭和7年)10月1日 - 2011年(平成23年)9月16日)は、日本の航空自衛官。第19代航空幕僚長。 神奈川県横浜市出身。横浜第一中学、希望ヶ丘高校を経て、青山学院大学へ進み、学生時代はラグビーに熱中した。入隊の動機は、1955年(昭和30年)頃は不況で入社を予定していた会社は皆、採用中止となり、自衛隊に入隊した親戚やラグビー部の同輩に相談し、入隊を勧められた。陸上自衛隊の採用試験を受験し、第15期一般幹部候補生として採用されたが、採用となってから航空自衛隊のパイロット要員が足りないため、空自に行かないかとの話があり、興味もあったことから航空自衛隊に入隊した。
出典:ウィキペディア「米川忠吉」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
