大石 正幸(おおいし まさゆき)は、日本陸軍の軍人(陸軍士官学校第30期)。最終階級は憲兵大佐。1941年(昭和16年)に第2野戦憲兵隊長としてマレー作戦に参加、1942年(昭和17年)2月、シンガポール占領後のシンガポール華僑粛清事件で市内の粛清を指揮したことで知られる。1947年(昭和22年)4月、同事件のBC級戦犯裁判で死刑判決を受け、同年6月にチャンギ刑務所で刑死。 1947年(昭和22年)4月2日、シンガポール華僑粛清事件で死刑判決を受け、同年6月26日、チャンギ刑務所で刑死。 辞世の句「心には かげやどすべき ものゝなし おのずからなる さだめと思へぱ」 事件当時、第2野戦憲兵隊の分隊長だった大西覚の回顧録によると、河村参郎中将(陸士29期首席)・大石憲兵大佐はむしろ粛清に反対したが、命令の当事者であった辻政信参謀(陸士36期首席)が逃亡中だったために、責任をとらされて処刑されたとしている。
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