三神 吾朗(みかみ ごろう、1889年〈明治22年〉11月6日 - 1958年〈昭和33年〉6月24日)は、日本のプロ野球選手。日本にまだプロ野球が存在していない時代に、アメリカのプロ野球チーム「オール・ネイションズ」でプレーした。守備位置は外野手、遊撃手、投手、一塁手。 アマチュアテニス選手で、早稲田大学の「三神記念コート」にその名前を残す三神八四郎は兄。姪に医学者の三神美和、甥に英文学者の三神勲(美和の弟)、妻の美代子の父は石黒五十二[要出典] 山梨県中巨摩郡大鎌田村(現・甲府市)出身。豪族で甲府電灯会社(後に東京電力が吸収合併)の創業者である父・三神有長、母・三神とよの間に、11人兄弟の五男として生まれる。
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