山口 哲夫(、1928年8月9日 - 2020年8月25日)は、日本の政治家。釧路市長・参議院議員(2期)・新社会党書記長を歴任した。 電気技師の子として樺太の真岡町に生まれる。旧制樺太庁立豊原中学校卒業後、大泊町役場に勤務していた時に日本の敗戦を経験した。ソ連軍進駐下で町役場は民政局と改称され、山口はそのままソ連軍に民政局勤務を命じられた。父親が大泊町の電気事業の責任者だったため、山口一家はなかなか日本への復員が許されず、1947年にようやく日本に復員することが出来た。その後、釧路市役所に勤務となり、市役所勤務のかたわら北海道釧路湖陵高等学校の定時制に通い、戦争のために満足に受けられなかった中等教育をやり直した。
出典:ウィキペディア「山口哲夫」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
