小林 運美(こばやし かずみ、1905年(明治38年)8月18日 - 1978年(昭和53年)10月2日)は、日本の実業家、政治家。男性。 長野県小県郡上田町(現上田市)生まれ。旧制上田中学(長野県上田高等学校)を経て、上田蚕糸専門学校製糸科卒業。山十製糸に入社し、中央蚕糸会、全国産業組合製糸組合連合会、全国共営蚕糸組合などの蚕糸団体の役職を歴任し、昭和4年(1929年)ニューヨークで開かれた第2回国際生糸技術会議に出席した。また日本紡毛会長、東邦製糸取締役、帝国製糸専務などを歴任した。 同22年(1947年)第23回衆議院議員総選挙に長野県第2区から出馬し、初当選した。改進党中央常任委員や、国会対策委員を務めた。
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