小泉 恒美(こいずみ つねみ、1942年7月5日 - 1990年6月2日)は、長野県出身のプロ野球選手。ポジションは本来は一塁手だが、外野手もこなした。 長野県岡谷工業高等学校3年時の1960年に春季北信越大会で準決勝に進出。この試合ではリリーフとして登板したが、金沢市立工業高等学校の前に敗れた。夏の甲子園県予選でも敗退したため、甲子園とは縁がなかった。 卒業後の1961年に南海ホークスへ入団。王貞治に似た一本足打法が持ち味で、入団5年目の1965年には、一塁手や右翼手として69試合に出場した。10月13日の対東京オリオンズ戦(東京スタジアム)では、野村克也に代わる4番打者として先圧起用され、4打数1安打1打点という成績を残した。
出典:ウィキペディア「小泉恒美」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
