三浦 敏一(みうら としかず、1916年5月18日 - 1997年)は、長野県出身の元プロ野球選手。ポジションは捕手、一塁手。 諏訪蚕糸学校では1930年に春のセンバツと夏の選手権に出場。 1937年に名古屋軍へ入団。前年大活躍した正捕手のバッキー・ハリスがイーグルスへ移籍し、捕手不足の中で頭角を現した。強肩でキャッチングが上手く、また俊足でもあったためレギュラーを張っていた。ただ打撃に難があり、1939年に服部受弘が入団すると一塁手に回る機会も多かった。中日球団でエースの象徴とされる背番号20を、初めて付けた人物として知られる。 1941年に軍に応召され、退団。戦後はプロ野球に復帰せず、社会人野球の小口製作所でプレイングマネージャーとして活躍した。
出典:ウィキペディア「三浦敏一」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
