山内 逸三(やまうち いつぞう、1908年5月3日 - 1992年)は、岐阜県土岐郡笠原町(現多治見市)出身の窯業技術者。日本最大のモザイクタイル産地である笠原町におけるモザイクタイルの先駆者である。 1908年(明治41年)5月3日に岐阜県土岐郡笠原町(現多治見市)窯区に生まれ、笠原尋常高等小学校(現多治見市立笠原小学校)を卒業した。1924年(大正13年)3月に土岐窯業学校(現岐阜県立多治見工業高等学校)を卒業すると、15歳で京都市立陶磁器講習所(後の国立陶磁器試験所)に伝習生として入所し、近代窯業やタイルの製造技術を学んだ。京都市立陶磁器講習所では陶芸家の宇野仁松に注目され、試験所の試作品を焼成する工場に雇われた。
出典:ウィキペディア「山内逸三」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
