高木 敏昭(たかぎ としあき、1953年11月23日 - )は静岡県沼津市生まれの元プロ野球審判。 静岡県立沼津工業高等学校を卒業後、1978年にパシフィック・リーグ東京審判部に入局。袖番号は33(1990年の辞職まで変わらず)。審判として数々の試合に出場し、球審・塁審等を務め、1988年の10.19第2試合で一塁塁審を担当した。 1987年6月11日の日本ハム対ロッテ戦で有藤道世(当時の監督)が併殺の判定に抗議・暴行され、退場を宣告。 1990年6月23日の西武対ロッテ戦で球審を務めたが、7回裏西武の攻撃でロッテの園川一美投手がセットポジションの静止が無かったとしてボークと判定した。これに対してロッテ金田正一(当時の監督)が高木に詰め寄って猛抗議。
出典:ウィキペディア「高木敏昭」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
