鬼頭 恭一(きとう きょういち、1922年(大正11年) 6月10日 - 1945年(昭和20年) 7月29日)は日本の作曲家。東京音楽学校本科在学中に学徒出陣、終戦17日前に霞ヶ浦航空隊で飛行訓練中に事故死した。戦後70年にあたる2015年、戦死した遺骨が故郷の愛する人の元に帰る情景を描いた歌曲「雨」が初演された。 大正11年(1922年)6月10日、名古屋中心地で酒問屋を営む父・儀一、母・成子の四人兄妹の長男として生まれる。実家近くにあったキリスト教系の幼稚園で賛美歌を耳にした事が、恭一の音楽の原点であった。幼少期の恭一について2歳年下の弟・哲夫は次のように証言している。 兄は幼い頃から「珍しいもの、新しいもの」を好み、やりたいことや欲しいものはとことん追求しなければ気が済まない「やんちゃくちゃ」(当時の名古屋弁) な腕白小僧で、しょっちゅう両親を困らせていました。
出典:ウィキペディア「鬼頭恭一」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
