鈴置 倉次郎(すずおき くらじろう、慶応3年3月15日(1867年4月19日) - 大正15年(1926年)5月6日)は、日本の衆議院議員(立憲政友会→猶興会→立憲国民党→立憲同志会→憲政会)。 尾張国知多郡北崎村(現在の愛知県大府市)出身。知多郡大府村初代村長の鈴置善平は実兄にあたる。1883年(明治16年)、愛知県中学校を卒業。1886年(明治19年)に大学予備門を終え、1890年(明治23年)に東京帝国大学法科大学政治理財科を卒業した。卒業後は会計検査院の検査官となった。1898年(明治31年)に退官し、小栗銀行の理事に就任した。 1902年(明治35年)、第7回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。
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