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丸山三四子

まるやま みよこ
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丸山 三四子(まるやま みよこ、1907年〈明治40年〉3月4日 - 1995〈平成7年〉12月26日)は、詩人・丸山薫の妻。詩人としてまだ収入の乏しかった時期の丸山を、マネキンとしての仕事で支えた。昭和初期のマネキンの事情を綴った書籍『マネキン・ガール』の著者として知られる。旧姓は高井。 1907年、愛知県知多郡有松町(現・名古屋市)で誕生した。先進的な父の方針で、横浜の捜真女学校に入学後、家庭の事情で名古屋の金城女学校に転校した後、愛知県立第一高等女学校専攻科(現・愛知県立明和高等学校)を卒業した。 1927年(昭和2年)、丸山薫と結婚した。丸山薫が詩人としてまだ芽が出ていなかったため、働き口を捜して知人のもとを訪れたところ、三四子の働き口ならあるとして、東京マネキン倶楽部を紹介され、マネキンとなった。

出典:ウィキペディア「丸山三四子」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋