大脇 照夫(おおわき てるお、1930年2月23日 - 2013年4月28日)は、愛知県犬山市出身のプロ野球選手(投手)・監督。 滝実業高校、名古屋鉄道管理局を経て、1952年に国鉄スワローズへ入団。 1956年5月3日の中日戦第2試合(中日)で史上24人目のノーヒットノーランを達成するが、80球で奪三振0という珍記録での達成となった。 球団初の7連勝を達成した5月9日の巨人戦(後楽園)では先発しているが、8回一死の場面で初四球を出し、エースの金田正一に交代している。 引退後は古巣・名古屋鉄道管理局の監督となり、1979年にはチームを20年ぶりの都市対抗出場に導いたほか、地元・犬山に少年野球チーム「犬山リトルリーグ」を創設。
出典:ウィキペディア「大脇照夫」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
