阪倉 裕二(さかくら ゆうじ、1967年6月7日 - )は三重県四日市市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはディフェンダー。 四日市中央工業高校、順天堂大学を経て、日本サッカーリーグの古河電工(現-ジェフユナイテッド市原・千葉)に入団、1994年まで在籍した。1995年からは名古屋グランパスエイト、1996年から1997年まではブランメル仙台(現-ベガルタ仙台)、1998年はマインドハウスTC(現-TSV1973四日市)でプレーし、1998年限りで引退した。1990年から1992年にかけては日本代表にも選ばれ、国際Aマッチ6試合に出場した。 引退後は1999年から横浜FCのコーチに就任。
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