君野 健一(きみの けんいち、1934年7月10日 - )は、滋賀県出身のプロ野球選手(一塁手、外野手)。右投右打。 滋賀県立瀬田高等学校では、エースとして1952年夏の甲子園予選京津大会決勝に進むが、山城高に敗退。 1953年に近鉄パールスへ入団し野手転向。1954年には8月から一塁手として起用され、11試合に先発出場を果たす。同年は1試合ながら四番打者も務めた。1955年はウエスタン・リーグで14打点を記録し、初代打点王に輝いた。1956年には武智修と併用され32試合、1957年には自己最多の51試合に先発する。しかしその後は故障もあって出場機会が減少、1958年限りで引退した。
出典:ウィキペディア「君野健一」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
