4代目 内田 佐七(よんだいめ うちだ さしち、1878年〈明治11年〉7月30日 - 1969年〈昭和44年〉8月8日)は、愛知県知多郡内海(現在の南知多町)出身の実業家。南知多町名誉町民(第1号)。出生名は内田 佐太一(うちだ さだいち)。 1869年(明治2年)には2代目内田佐七によって、内田家の本宅(現在の尾州廻船内海船船主 内田家)が建てられている。1878年(明治11年)7月30日、愛知県知多郡内海字南側39番地にて出生した。父は3代目内田佐七、母はりつ。内田家の長男である。1883年(明治16年)には3代目内田佐七が30歳で早世したため、6歳の幼さで家督を相続し、4代目内田佐七を襲名した。
出典:ウィキペディア「内田佐七」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
