吉田 羊治郎(よしだ ようじろう、1871年3月31日〈明治4年2月11日〉- 1939年〈昭和14年〉11月11日)は、明治後期から昭和前期の政治家、衆議院議員(1期)、貴族院議員、滋賀県会議員、滋賀県多額納税者。 滋賀県犬上郡高宮村(現・彦根市)生まれ。吉田与三平の二男。1890年(明治23年)滋賀県商業学校(現・滋賀県立八幡商業高等学校)卒。1911年(明治44年)8月26日、高宮村長になった。町制施行後もそのまま在職し、1915年(大正4年)8月27日に退任した。同年9月、犬上郡選出の滋賀県会議員になった。そのほか、高宮町会議員、同参事会員、所得税調査委員、帝国農会議員、近江水力電気、大正製棉各(株)取締役、滋賀県農工銀行頭取、近江商業銀行、江若鉄道(株)各監査役となった。
出典:ウィキペディア「吉田羊治郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
