笹井 末三郎(ささい すえさぶろう、1901年2月10日 - 1969年1月12日)は、日本のアナキスト、任侠、映画人である。マキノトーキー製作所理事、荒虎千本組三代目組長を歴任した。 1901年(明治34年)2月10日、京都府京都市右京区で材木運送業の千本組荒虎親分こと笹井三左衛門の三男として生まれる。笹井家は大日本国粋会西京支部の看板を掲げる家であった。 幼いころから文学を志し、旧制・同志社中学校(現在の同志社高等学校)在学中に雑誌投稿を重ねるうちに、中村還一と知り合い、アナキズムに触れる。1920年(大正9年)、大杉栄の「東京労働同盟会」機関紙『労働運動』第6号に活動家として名が挙げられる。
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