長谷川 俊英(はせがわ しゅんえい こと はせがわ としひで、1941年(昭和16年) - )は、京都府学連事件(京都地方裁判所昭和39年7月4日判決 昭和37年(わ)966号)・被告人(前科1犯)。堺市議会議員(8期)。「都市政治研究所」代表。 兵庫県明石市生まれ。大阪府立清水谷高等学校、立命館大学法学部卒業。前科1犯 被告人(当時)・長谷川俊英は、「立命館大学法学部の学生で、同大学1部学友会書記長であつたものであるが、昭和37年6月21日京都府学生自治会連合主催の大学管理制度改悪反対、憲法改悪反対を標榜する集団行進集団示威運動に参加し、同先頭集団である立命館大学学生集団先頭列外に位置し、京都市上京区所在立命館大学正門前から同市東山区円山公園に向う途中、同日午後5時26分頃、同市中京区木屋町通御池下る約30米の地点に差蒐つた際、折柄前記集団行進集団示威運動の過程における許可条件違反等の違法状況の視察採証の職務に従事していた京都府山科警察署勤務巡査Xが、京都府公安委員会が附した許可条件に違反するとして前記集団先頭の行進状況を写真撮影するや、「どこのカメラマンか」と難詰抗議し、同巡査が殊更にこれを無視する挙動に出たところから憤慨し、所携の旗竿を以て同巡査の下顎部を一突きし、よつて同人をして治療約1週間を要する下顎部挫創の傷害を蒙らしめ、以て同巡査の職務の執行を妨害したものである」(京都府学連事件第1審判決・「罪となるべき事実」)。
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