山口 波津女(やまぐち はつじょ、1906年〈明治39年〉10月25日 - 1985年〈昭和60年〉6月17日)は、日本の俳人。山口誓子の妻。本名は梅子。 浅井義晭(よしてる)・まさ夫妻の長女として、大阪市北区中之島に生まれる。大阪商船に務める父が1909年(明治42年)に韓国仁川の支店長として赴任したのに伴い、仁川に移住した。次いで1914年(大正3年)父の香港支店長として赴任に伴い、香港に移住した。 帰国すると1919年(大正8年)に大阪市東区宰相山町(現・天王寺区の三光神社の近隣)に居住した。近くの大阪府立清水谷高等女学校(現・大阪府立清水谷高等学校)に入学。1923年清水谷高女を卒業後、大手前之町の大阪府立大手前高等女学校(現・大阪府立大手前高等学校)の高等科に入学した。
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