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曾

曾根純三

そね じゅんぞう
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曾根 純三(そね じゅんぞう、1898年9月13日 - 没年不詳)は、日本の映画監督、脚本家である。本名曾根 為一(そね ためいち)。椎名 良太(しいな りょうた)名義で脚本を書き、のちに監督名を曾根 千晴(そね ちはる)と変えた。戦前の「職人監督」である。 1898年(明治31年)9月13日、大阪市東区(現在の中央区 (大阪市)北部・東部)に生まれる。香川県出生説あり、本人は否定している。旧制大阪府立天王寺中学校(現在の大阪府立天王寺高等学校)を卒業したのち、神戸のパルモア英学院(現在のパルモア学院専門学校)を中退、証券会社勤務、警察官を経て、劇団の脚本部にいたところ、撮影技師の三木茂、杉山公平と知り合い、西宮市甲陽園にある東亜キネマ甲陽撮影所の脚本部に入社した。

出典:ウィキペディア「曾根純三」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋