野尻 知里(のじり ちさと、1952年 - 2015年11月13日)は、日本の医師で、テルモ上席執行役員。専門分野は、心臓外科・医用工学。従来製品より血栓のできにくい補助人工心臓「デュラハート」の開発に成功し、重度の心臓疾患で心臓移植の待機列に並ぶ患者らの希望となった。 愛知県豊川市に次女として生まれる。姉は1歳違いであった。父はカメラメーカーミノルタ(当時)に勤務するエンジニアだったが、絵画・俳句・園芸をたしなむ趣味人で、その影響もあり中学時代には美術部に所属した。姉はのちに陶芸家となった。 小学校は愛知県内を4回転校し、小学5年の2学期に大阪府の美陵町立道明寺小学校に転出した。豊川市時代には近所の悪童たちと「四羽がらす」などとあだ名されるほどお転婆の限りを尽くしたが、小学5年生のときには児童会長を務めた。
出典:ウィキペディア「野尻知里」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
