俵 萠子(たわら もえこ、1930年〈昭和5年〉12月7日 - 2008年〈平成20年〉11月27日)は、日本の評論家・エッセイスト。 建築家中野順次郎の子として、大阪府大阪市に生まれる。本名は中野萌子。 大阪府立大手前高等学校、大阪外国語大学フランス語学科を卒業。戦後、4年制大学卒の女性記者第1号として産経新聞社に入社。大阪文化部時代は司馬遼太郎と机を並べた。1965年に同社を退社し、以後、女性、家庭、老人、教育などを中心に据えて評論家として活動する。また東京・中野区の教育委員を務めたほか、国政進出を試みたこともあった。 1986年から陶芸を始め、1995年には群馬県勢多郡富士見村の赤城山に『俵萠子美術館』を設立。
出典:ウィキペディア「俵萌子」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
