清原 伸彦(きよはら のぶひこ、1941年1月30日 - )は、日本の体育学者、水球指導者、集団行動学。日本体育大学体育学名誉教授。 大分県出身。上宮高等学校を経て日本体育大学体育学部へ進学。 高校まではガリ勉少年タイプの人間であったが、高校時代の体育主任教師に『日本体育大学で勉強して、教師になりなさい』と言われて日本体育大学へ進学。大学では経験すらなかったバスケットボール部に入り、トレーニングに明け暮れた。 1963年に日本体育大学卒業後、城北中学校・高等学校に教師として採用され、赴任。清原自身はバスケットボール部顧問のつもりでいたが、学内の事情により指導者が不在であり、自身にとっても門外漢だった水球部の顧問に就任。
出典:ウィキペディア「清原伸彦」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
