金城 基泰(かねしろ もとやす、1952年10月16日 - )は、大阪府出身の元プロ野球選手(投手)。 在日朝鮮人として生まれ、後に日本人へ帰化した。日本プロ野球(NPB)と韓国プロ野球(KBO)の双方で活動。帰化前の本名およびKBOでの登録名は金 基泰(キム・ギテ、김기태、きん もとやす)。 1970年秋、此花商業高校(現・大阪偕星学園高校)から翌春の法政大学への進学がほぼ決定していたが、広島東洋カープスカウトの木庭教による熱心な口説きに折れ、ドラフト5位で入団。金城自身も「本当は法政大に決まっていて、PL学園の新井宏昌と一緒に行くことになっていた」と述べている。 サブマリン投手で、下から浮き上がるような速球を武器に1972年に一軍に定着。
出典:ウィキペディア「金城基泰」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
