岡野 弘子(おかの ひろこ、1976年5月25日 - )は、日本の元女子バレーボール選手である。 父親が転勤族の一家の次女として愛媛県で生まれ、その後金沢市に移住した。小学3年次に実姉がバレーボールをやりたいと言いだし、両親はバレーボールチーム(南小立野スポーツ少年団)を作り、監督・コーチとなった。弘子もごく自然のなりゆきでバレーボールを始める。富山を経て、大阪府高槻市に転居。 高槻二中ではエースアタッカーだったが、帝国女子高校監督(当時)の河本昭義に指導を受ける機会を得、河本からセッター転向を勧められる。勧めに応じるまま、大阪国際滝井高校(帝国女子高校から校名変更)入学後にセッターとなり、春高バレーで主将兼セッターとして優勝に貢献した。
出典:ウィキペディア「岡野弘子」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
