山原 和敏(やまはら かずとし、1970年12月28日 - )は、岡山県岡山市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 操山中時代は三塁手。玉野光南高で投手となり、同期の左腕・山本樹との両輪で3年春に中国大会優勝。夏は県大会準々決勝で敗退。川崎製鉄水島を経て、1992年のドラフト会議にて日本ハムファイターズから1位指名を受け入団。契約金は球団史上初となる1億円だった。 プロ入り1年目の1993年に150kmの速球と縦に割れるカーブを高く評価した大沢啓二監督から、先発に再転向した白井康勝に代わる抑えとして指名されるなど期待を集めた。この年記録した5セーブは2022年に北山亘基に更新されるまで球団の新人最多記録だった。
出典:ウィキペディア「山原和敏」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
