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栗

栗原貞子

くりはら さだこ
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栗原 貞子(くりはら さだこ、1913年3月4日 - 2005年3月6日)は、詩人。「生ましめんかな」や「ヒロシマというとき」で知られる。 広島県広島市生まれ。可部高等女学校(現広島県立可部高等学校)在学中の17歳から、短歌・詩を中心に創作活動を始めた。1930年、山本康夫が広島で創刊した歌誌『処女林』(1932年に『真樹』に改題)の同人となる。1945年8月6日(広島市への原子爆弾投下)に爆心地の4キロ北の自宅で被爆。戦後は夫の栗原唯一とともに執筆活動を行い、平和運動に参加し、反戦、反核、反原発、反差別、反天皇制を主張、特に昭和天皇の戦争責任を言及しており、『戦前・戦中派にとって天皇絶対主義の恐怖は母斑のように肉体にしみついている。

出典:ウィキペディア「栗原貞子」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋