益田 昭雄(ますだ あきお、1938年1月15日 - )は、山口県出身の元プロ野球選手(投手)。 1970年の「黒い霧事件」にて敗退行為に関与したとして、池永正明らと共に永久追放処分とされた。 山口県立久賀高等学校から社会人野球の山陽特殊製鋼へ進み、1962年の第33回都市対抗野球大会に出場すると2回戦(対日本鉱業日立戦)で石戸四六(日立製作所からの補強選手)と投げ合い完封勝利を収めた。チームは準々決勝まで進出するも東洋レーヨンに敗れた。 同年に読売ジャイアンツへ入団し、1963年に初勝利を含む2勝を挙げる。翌年こそ勝ち星を挙げられなかったが1965年と1966年に4勝を挙げ、1966年の日本シリーズ(対南海ホークス戦)では3勝2敗で迎えた第6戦の先発を任され、皆川睦雄と投げ合い完封勝利を収めた。
出典:ウィキペディア「益田昭雄」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
