大西 譲治(おおにし じょうじ、1949年2月20日 - )は、愛媛県出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 松山北高3年生の時、1966年のプロ野球第1次ドラフト会議で中日ドラゴンズから6位指名されたが、都合により取消となる。 高校卒業後、社会人野球の河合楽器に進むが、殆ど登板しなかった。 1967年にドラフト外で中日ドラゴンズに入団。 オープン戦では、スタルヒンに似た投手と騒がれ話題となり登板したが、球は速いが制球難なのが致命傷で、1970年に一軍公式戦に出場する事がないまま引退。 父親が米人。上手投げの本格派、直球とカーブ、フォークボールを武器とする。
出典:ウィキペディア「大西譲治」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
