沢藤 礼次郎(さわふじ れいじろう、戸籍上は澤藤禮次郎 1928年12月14日 - 2004年8月23日)は、日本の政治家。衆議院議員(3期)。 岩手県和賀郡黒沢尻町(現・北上市)出身。沢藤幸治・ウメの長男。父親は同町の町長であった。黒沢尻中学校を経て海軍兵学校(77期)に進んだ。在学中に広島市への原子爆弾投下による犠牲者を見て反戦の意識が強まったという。戦後、盛岡農林専門学校(現・岩手大学農学部)に入り、1948年に卒業。1951年に母校の黒沢尻高校で定時制教諭になり、その後花巻農業高校の教諭などを務めた。また、沢令二のペンネームで執筆活動を行なっている。1961年に岩手県高教組の書記長、1968年同委員長に就任。
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