高島 正義(たかしま まさよし、1938年2月7日 - 没年不明)は、福岡県出身のプロ野球選手(内野手)。 西南学院高校では、1956年に春季九州大会県予選南部準決勝に進むが修猷館高に敗退。卒業後は門司鉄道管理局に進み、都市対抗などで活躍。この時のチームメートに宮川孝雄がいた。 1960年に東映フライヤーズへ入団。1年目から西園寺昭夫の控え三塁手として起用され、6月からは西園寺の故障もあって26試合に先発出場。その後は一時低迷するが、1963年には準レギュラーとして復帰。1964年は二塁手も兼ね自己最多の124試合に出場、うち32試合に先発する。翌1965年は主に守備固めとして出場、1966年限りで引退。
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