清瀬 英次郎(きよせ えいじろう、1902年(明治35年)12月14日 - 1941年(昭和16年))は、日本の映画監督、脚本家である。 1902年(明治35年)12月14日、宮城県仙台市立町(現在の同県同市青葉区立町)に生まれる。本籍は山形県東置賜郡和田村(現在の同県同郡高畠町和田地区)にあった。仙台市立立町尋常小学校(旧制尋常小学校、現在の仙台市立立町小学校)、宮城県立仙台第二中学校(旧制中学校、現在の宮城県仙台第二高等学校)を卒業、旧制専門学校の青山学院英文科(現在の青山学院大学)に入学する。 同学在学中に当時、松竹蒲田撮影所脚本部に在籍していた伊藤大輔の指導を受けつつ、脚本執筆の手伝いをはじめる。
出典:ウィキペディア「清瀬英次郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
