戸上 城太郎(とがみ じょうたろう、1916年5月18日 - 1980年7月24日)は、日本の俳優。 長崎県に生まれる。本名・田川正三。 猶興館中学4年修了。東宝京都撮影所俳優養成所で学び、1939年に今井正監督の『沼津兵学校』でデビュー。すぐに日活に移籍し、1941年に稲垣浩監督の『海を渡る祭礼』で初主演。その後所属先は日活から大映、松竹と変わる。 大柄な体躯と野太い声が特徴で殺陣の名手としても知られたが、台詞回しの癖のため主演スターとしては伸び悩んだ。中年期以降は主に時代劇の悪役・敵役として活躍した。 1960年には高田浩吉、近衛十四郎と共に時代劇量産体制にあった東映に移籍。東映時代『梟の城』(1963年)において大友柳太朗と敵対する忍者の頭目の役で、高所恐怖症のため空を飛ぶシーンの撮影(クレーンとワイヤーを用いた)の際に苦労したとのエピソードがある。
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