田中 義三(たなか よしみ、1948年7月23日 - 2007年1月1日)は日本の新左翼の活動家でよど号グループのテロリスト。青森県三沢市出身。 7歳の頃に母親の出身地である熊本県に移住。熊本県立済々黌高等学校を卒業後、明治大学(夜間学部・政経学部Ⅱ部)に入学。1960年代末の学生運動に参加し、社会主義学生同盟に加盟。1969年において赤軍派に属し、東京戦争で警視庁本富士警察署火炎瓶投擲事件に関与。 1970年に8人の仲間とともによど号ハイジャック事件を起こす。よど号犯の中では最初に操縦室に入って機長に日本刀(後に模造品と判明)を突き付けている。4月3日に山村新治郎運輸政務次官との人質交換において、犯人代表として一時的に韓国の金浦国際空港に降りている。
出典:ウィキペディア「田中義三」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
