有名人ナビ トップページ
人物データベース×観光資源
太

太田文高

おおた ふみたか
Wiki ↗

太田 文高(おおた ふみたか、1936年2月8日 - 没年不明)は、大分県出身のプロ野球選手。ポジションは外野手。 上野丘高校では1953年夏の甲子園県予選を勝ち抜き、東九州大会準決勝に進むが、佐伯鶴城高に敗れ甲子園出場はならなかった。高校の1年下に葛城隆雄がいる。 1954年に中日ドラゴンズへ入団。1957年にウエスタン・リーグで本塁打王を獲得。1959年に一軍に定着し、左翼手、中堅手として49試合に先発出場。翌年も準レギュラーとして起用されるが、その後は出場機会が減少。 1961年オフに国鉄スワローズへ移籍。1962年には主に代打として起用されるが、同年限りで引退した。

出典:ウィキペディア「太田文高」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋