佐藤 信彦(さとう のぶひこ、1902年5月11日 - 1977年2月3日)は、慶應義塾大学文学部教授などを務めた、日本の国文学者。 彦根藩出身の軍人であった父の任地だった島根県那賀郡浜田町(後の浜田市の中心部)で生まれ、宮城県立仙台第一中学校(宮城県仙台第一高等学校の前身)を経て、東京の私立日本中学校(日本学園中学校・高等学校の前身)に転じ、校長だった杉浦重剛の薫陶を受けた。1920年に卒業して、慶應義塾大学文学部予科に入学し、1924年には本科国文学科に進んで、折口信夫の指導を受け、川合貞一や田中豊蔵に学ぶ。1927年に大学を卒業して予科の国語教師に採用され、その後、1943年に藤山工業図書館の事務監督・主事、1945年から1947年にかけて工学部事務監督を兼任となり、戦中戦後の混乱期に、大学行政の一翼を担った。
出典:ウィキペディア「佐藤信彦 (国文学者)」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
