志田 周子(しだ ちかこ、1910年(明治43年)10月28日 - 1962年(昭和37年)7月18日)は山形県出身の女医、歌人。「仙境のナイチンゲール」と称された。 1910年(明治43年)小学校教員で後に大井沢村村長となる父・荘次郎、母・せいの長女として、西村山郡左沢町(現大江町)に生まれる。西村山郡大井沢村(現西川町)の大井沢尋常小学校を経て、山形県立山形第一高等女学校(現山形県立山形西高等学校)に進学。村で初めての女学校生と話題になる。1928年(昭和3年)東京女子医学専門学校(現東京女子医科大学)に進学。1933年同卒業。1935年(昭和10年)「3年でいいから」という父・荘次郎の懇請で、当時無医村だった大井沢村に戻り、唯一の村医となる。
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