青山 民吉(あおやま たみきち、1896年 - 1953年11月30日、正字では靑山)は、日本の美術評論家、美学者、工芸研究者、装丁家、書店経営者。麻布中学校、第四高等学校 (旧制)一部法科独法、京都帝国大学文学部美学科卒。東西の美術に精通し、画集の出版等による紹介を行う。柳宗悦らによる民藝運動の同伴者となり、工藝美術の定義に関して啓発活動を行った[3]。また、有島生馬らによる一水會運動にも協力した。装丁家・美術評論家の青山二郎は弟。
出典:ウィキペディア「青山民吉」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
