スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
中野 秀樹(なかの ひでき、1952年7月29日 - )は、… 中野 秀樹(なかの ひでき、1952年7月29日 - )は、日本・北海道出身の元ノルディック複合選手。1972年札幌オリンピック日本代表に選ばれ、1970年代に国内外の大会で活躍した。 北照高等学校-早稲田大学 19歳で出場した1972年札幌オリンピックでは、前半ジャンプでは首位となってメダル獲得の期待が掛けられたが後半クロスカントリースキーでは39位のタイムと振るわず総合13位に終わった。 現役引退後は札幌市内でそば店を営む。
勝呂裕司(かつろゆうじ、1949年10月7日 - )は、日本… 勝呂裕司(かつろゆうじ、1949年10月7日 - )は、日本・北海道虻田郡倶知安町出身の元ノルディック複合選手。1960年代後半から1970年代前半に日本のエースとして活躍した。 倶知安町立倶知安中学校-北照高等学校-日本大学-日本軽金属-東京美装 北照高校時代に全日本スキー選手権ノルディック複合で高校生ながら2連覇を達成、インターハイ(全国高等学校スキー大会)では複合で3連覇、純ジャンプで2連覇を達成した。 1970年ノルディックスキー世界選手権では日本勢最高位の8位、1971年2月の札幌国際冬季スポーツ大会(プレオリンピック)で2位になるなど期待されて迎えた地元開催の1972年札幌オリンピックでは5位となった。
関口 勇(せきぐち いさむ、1910年10月28日 - 未詳… 関口 勇(せきぐち いさむ、1910年10月28日 - 未詳)は、北海道小樽市出身の元スキージャンプ、ノルディック複合、アルペンスキー選手。 旧制北海商業学校 → 札幌鉄道管理局 → 北海道帝国大学若労会 中学時代からジャンプの選手として知られ、卒業後はノルウェースキー連盟副会長のオラフ・ヘルセット中尉の指導を受けた。飛型の美しさには定評があり、日本で初めて本場北欧のジャンプを身につけた選手と言われる。1930年の第8回全日本スキー選手権大会ジャンプ競技で優勝。1932年レークプラシッドオリンピックの日本代表に選出されるが、大会直前に病気で途中帰国した。 その後ノルディック複合に転向し、1935年の全日本スキー選手権大会ノルディック複合で優勝、翌1936年ガルミッシュ・パルテンキルヘンオリンピックの代表に選出される。