葛西 春香(かさい・はるか、2004年2月4日 - )は、日… 葛西 春香(かさい・はるか、2004年2月4日 - )は、日本のノルディック複合、スキージャンプ選手である。葛西優奈は双子の姉。吉泉賀子は叔母に当たるが、葛西紀明とは血縁関係はない。 北海道札幌市出身。小学校時代よりスキーを始め、札幌ジャンプ少年団に所属し、第96回全日本スキー選手権大会・女子ノルディック複合5km(2018年)で2位に入る。 札幌市立西野中学校在学時に、全日本スキー連盟が実施したノルディック複合女子強化のための第2回複合(女子)合宿に姉の優奈と共に強化選手候補として参加した。また2019年2月の「第56回全国中学校スキー大会」(新潟県・石打丸山ジャンプ競技場)では優勝した姉に次いで2位に入り、姉妹ワンツーフィニッシュを果たした。
葛西 優奈(かさい ゆうな、2004年2月4日 - )は、日… 葛西 優奈(かさい ゆうな、2004年2月4日 - )は、日本のノルディック複合、スキージャンプ選手である。東海大学付属札幌高等学校を経て早稲田大学所属。吉泉賀子は叔母(父の妹)、葛西春香は双子の妹。葛西紀明とは血縁関係はない。 2004年2月4日に北海道札幌市に生まれた。札幌ジャンプ少年団に所属した。 2018年3月末、14歳の時、名寄市で開催された第96回全日本スキー選手権大会に出場し、ノルディック複合5キロで4位となり、3位と約38秒差でメダルを逃した。翌2019年、長野県白馬村での全日本スキー選手権大会では2位となり国内初のメダル獲得を果たした。 札幌市立西野中学校を卒業後、東海大学付属札幌高等学校に所属する。
宮﨑 彩音(みやざき あやね、2002年9月15日 - )は… 宮﨑 彩音(みやざき あやね、2002年9月15日 - )は、長野県野沢温泉村出身のノルディック複合選手である。 国際大会においては、2018年1月20日にレナ(英語版)で開催されたコンチネンタルカップが初出場となる。大会初日にロシアのセファニヤ・ナディモワ(ドイツ語版)に次ぐ2位でフィニッシュしたが、2日目にナディモワとジェニー・ノバクをかわして優勝した。さらにニジニ・タギルで2度表彰台に昇り、宮崎は総合順位で2位となった。シーズンの終わりの2018年3月21日に名寄で初優勝を果たす。 2018/19年シーズン(ドイツ語版)の冬のコンチネンタルカップは1試合のみの出場であった。オテパー(ドイツ語版)で行われた2回の大会においても、2位と3位で1度フィニッシュし、連続表彰台を継続することができた。
畔上 沙那(あぜがみ さな、2001年11月4日 -)は、長… 畔上 沙那(あぜがみ さな、2001年11月4日 -)は、長野県下高井郡野沢温泉村出身のノルディック複合選手である。父の畔上貴祥は純ジャンプ、母の畔上亜紀はクロスカントリーの元選手、弟の畔上祥吾はノルディック複合選手である。 10歳の時に父親の勧めでスキージャンプを始める。2018年3月に名寄市で開催された全日本スキー選手権大会のノルディック複合で女子は公開競技ながら9位入賞、翌年の札幌大会では5位入賞を果たす。2020年2月22日に開催されたノルディック複合・コンチネンタルカップアイゼンエルツ大会で国際大会初出場し、マススタートで17位、翌日のグンターゼンで10位となりポイントを獲得した。その後も順調に国際大会での経験を積んでいくが、2021年6月に左膝前十字靭帯を断裂、1シーズンを棒に振った。
小林 朔太郎(こばやし さくたろう、2000年5月29日 -… 小林 朔太郎(こばやし さくたろう、2000年5月29日 - )は、群馬県吾妻郡草津町出身のノルディック複合、スキージャンプ選手である。群馬県立長野原高等学校、慶應義塾大学を経て2024年より雪印メグミルクスキー部に所属する。 神奈川県で生まれ、6歳より母の出身地の草津町で育つ。スキージャンプを始めるきっかけは、母が間違って大会にエントリーしてからである。大学まではノルディック複合の選手として活躍し、中学3年時には全国中学校スキー大会、高校3年時にはインターハイをそれぞれ制し、慶應義塾大学1、2年時にインカレを連覇している。2018年および2019年にはジュニア世界選手権に出場、2019/20シーズンから3シーズンコンチネンタルカップを転戦し、2021年張家口大会で2位となっている。
中村 安寿(なかむら あんじゅ、2000年1月23日 - )… 中村 安寿(なかむら あんじゅ、2000年1月23日 - )は、北海道札幌市出身のノルディック複合選手である。東海大学卒業。兄はスキージャンプ日本代表の中村直幹。 5歳からクロスカントリースキーを始め、東海大学付属札幌高等学校在学中の高校1年生の時にノルディック複合に転向した。2020年2月のコンチネンタル杯(W杯の下部大会)のオーストリア・アイゼンエルツ大会で個人戦初優勝し、続く2戦目にも3位に入った。 2020-21シーズン、2020年12月18日にオーストリアのラムソーで開催されたノルディックスキーワールドカップの今季から実施されたノルディック複合女子競技で3位に入った。2021年2月27日にドイツのオーベルストドルフで開催された初実施の複合女子ノーマルヒルでも日本勢最高の4位に入った。
山本 涼太(やまもと りょうた、1997年5月13日 - )… 山本 涼太(やまもと りょうた、1997年5月13日 - )は、日本のノルディック複合選手。長野日野自動車所属。日本代表選手として2022年北京オリンピックに出場。同大会団体戦銅メダリスト。 長野県下高井郡木島平村出身。父の山本直鋭は荻原健司と同時期に北野建設スキー部に所属していた複合の元選手(1996年引退)で、全日本選手権で2度の優勝経験があった。2017年に死去している。 飯山高校から早稲田大学スポーツ科学部を経て、長野日野自動車に所属。 2014年の世界ジュニア選手権で国際大会デビュー。2015-16シーズンよりコンチネンタルカップに参戦。2017年2月10日の札幌大会でワールドカップ(W杯)初出場。
清水 礼留飛(しみず れるひ、1993年12月4日 - )は… 清水 礼留飛(しみず れるひ、1993年12月4日 - )は、日本のノルディック複合、スキージャンプ選手。新潟県妙高市出身。新潟県立新井高等学校卒業後、現在は雪印メグミルク所属。2014年ソチオリンピック団体銅メダリスト。 ノルディック複合選手の清水亜久里は実兄。ノルディック複合、スキージャンプ選手の清水久之は実父にあたる。 「礼留飛」という名前は、日本にスキーを伝えたとされるオーストリアのテオドール・エードラー・フォン・レルヒ少佐に由来する。スキーの国体選手である父・久之の勧めで小学校1年時からスキー競技を始めた。妙高市立妙高高原中学校に進学してジャンプスキー部に入部したが、元々はノルディック複合の選手であり、全国中学校スキー大会、全日本ジュニアスキー選手権大会で優勝するなど好成績を残していた。
渡部 剛弘(わたなべ たけひろ、1993年9月13日 - )… 渡部 剛弘(わたなべ たけひろ、1993年9月13日 - )は、福島県会津若松市出身の元ノルディック複合選手である。 中学1年時からノルディック複合競技を始め、2012年シーズンからコンチネンタルカップに出場。福島県立猪苗代高等学校、明治大学卒業。 好成績としてはジュニア世界選手権大会2013において団体3位、個人で5位、6位、ワールドカップは2013年3月のラハティ大会より出場。 またノルディックスキー世界選手権 2015に出場。 2016年2月に開かれたワールドカップトロンハイム大会では、ワールドカップでは自身初のトップ10入りとなる9位を獲得した。 2018年2月に韓国で開催された2018年平昌オリンピックスキーのノルディック複合のノルディック複合日本代表。
渡部 善斗(わたべ よしと、1991年10月4日 - )は、… 渡部 善斗(わたべ よしと、1991年10月4日 - )は、長野県白馬村出身のノルディック複合選手。2022年北京オリンピック団体銅メダリスト。 日本のノルディック複合のトップ選手である渡部暁斗は実兄。小学校3年時、先にスキーを始めていた兄の影響や周囲の勧めで競技を開始。本人曰く「最初はいやいやだった」が、中学2年時には全国中学校スキー大会・ノルディック複合で優勝、翌年も連覇を果たした。 2007年、兄・暁斗と同じ長野県白馬高等学校に進学すると、1年生にして全国高等学校スキー大会・ノルディック複合で優勝。2009年1月3日にオーストリア・アイゼンネルトで開かれたコンチネンタルカップに初出場し、1週間後の1月10日にはイタリア・ヴァル・ディ・フィエンメでのノルディック複合・ワールドカップにも初出場を果たした。
小林 潤志郎(こばやし じゅんしろう、1991年6月11日 … 小林 潤志郎(こばやし じゅんしろう、1991年6月11日 - )は、日本岩手県岩手郡松尾村(現在の八幡平市)出身のノルディック複合、スキージャンプ選手。盛岡中央高等学校、東海大学を経て2023-24シーズンまで雪印メグミルクスキー部所属。2024-25シーズンよりWynn.所属。妹の小林諭果、長弟の小林陵侑、末弟の小林龍尚もスキージャンプ選手である。 高校時代はノルディック複合の選手として活躍し、3年時にはノルディックスキージュニア世界選手権の複合・個人スプリントで優勝、小林範仁以来日本人2人目となる金メダルを獲得した。 しかし、元々ジャンプが得意であり、高校1年時の全国高等学校スキー大会(インターハイ)で優勝、高校3年時の第11回伊藤杯シーズンファイナル大倉山ナイタージャンプ大会では天候不良のため1本のみで決勝したものの、成年組の選手を押さえて優勝する などジャンパーとしての才能の片鱗を見せた。
永井 秀昭(ながい ひであき、1983年9月5日 - )は、… 永井 秀昭(ながい ひであき、1983年9月5日 - )は、日本のノルディック複合選手。冬季オリンピック3大会出場。2022年北京大会団体銅メダリスト。 岩手県二戸郡安代町(後に所属変更により岩手郡安代町、現在の八幡平市安代地区)出身。岩手県立盛岡南高等学校卒業後、早稲田大学を経て、現在は岐阜日野自動車に所属している。 2007年、札幌で開かれたノルディックスキー世界選手権の団体戦で代表デビュー。その後国内で着実に好成績を挙げていき2012年1月のコンチネンタルカップ遠征メンバーに選ばれるとドイツ・クリンゲンタールでの2連戦でそれぞれ7位、3位となり、翌2月3日のイタリア・ヴァル・ディ・フィエンメ大会でノルディック複合・ワールドカップ初出場を果たした。
小林 範仁(こばやし のりひと、1982年5月4日 - )は… 小林 範仁(こばやし のりひと、1982年5月4日 - )は、秋田県北秋田市出身のノルディック複合選手。冬季オリンピック3大会ノルディック複合日本代表。2009年ノルディックスキー世界選手権金メダリスト。
高橋 大斗(たかはし だいと、1980年12月16日 - )… 高橋 大斗(たかはし だいと、1980年12月16日 - )は、秋田県北秋田市出身のノルディック複合、ジャンプ選手。現役時代は土屋ホームに所属していた。
畠山 陽輔(はたけやま ようすけ、1980年7月28日 - … 畠山 陽輔(はたけやま ようすけ、1980年7月28日 - )は、秋田県大館市出身のノルディック複合選手。早稲田大学卒業後は秋田ゼロックス(現:富士フイルムBI秋田)に所属し、2006年トリノオリンピックノルディック複合日本代表。
萩原 貴則(はぎわら たかのり、1973年11月17日 - … 萩原 貴則(はぎわら たかのり、1973年11月17日 - )は、スキー・元ノルディック複合・ワールドカップ代表。群馬県利根郡片品村出身。 地元で行われた国体を契機に競技生活に入る。群馬県武尊高等学校(現群馬県立尾瀬高等学校)、早稲田大学、トーエネックに順次所属した。1999年からワールドカップを転戦。1999年のワールドカップBでは準優勝という快挙を成し遂げる。国内では第56回、第58回の国民体育大会冬季大会スキー競技大会で優勝。2003年には第81回全日本スキー選手権大会でノルディックコンバインドに優勝するなど名実ともに日本のトップ選手として活躍。 2003年限りで第一線を退き、後進の指導に当たっている。
森 敏(もり さとし、1971年5月19日 - )は、長野県… 森 敏(もり さとし、1971年5月19日 - )は、長野県下高井郡野沢温泉村出身のノルディック複合選手。1998年長野・2002年ソルトレイクシティオリンピックノルディック・コンバインド日本代表。モーグル選手の森徹は実弟。2003年現役引退後中京大学に入学、さらに同大学院に進学して体育学を専攻した後、2010年4月より東海大学国際文化学部(札幌キャンパス)専任講師に就任、同校スキー部のコーチも務めている。2026年2月現在、日本でただ一人、国際スキー・スノーボード連盟の技術代表の資格を保有している。
中野 秀樹(なかの ひでき、1952年7月29日 - )は、… 中野 秀樹(なかの ひでき、1952年7月29日 - )は、日本・北海道出身の元ノルディック複合選手。1972年札幌オリンピック日本代表に選ばれ、1970年代に国内外の大会で活躍した。 北照高等学校-早稲田大学 19歳で出場した1972年札幌オリンピックでは、前半ジャンプでは首位となってメダル獲得の期待が掛けられたが後半クロスカントリースキーでは39位のタイムと振るわず総合13位に終わった。 現役引退後は札幌市内でそば店を営む。
勝呂裕司(かつろゆうじ、1949年10月7日 - )は、日本… 勝呂裕司(かつろゆうじ、1949年10月7日 - )は、日本・北海道虻田郡倶知安町出身の元ノルディック複合選手。1960年代後半から1970年代前半に日本のエースとして活躍した。 倶知安町立倶知安中学校-北照高等学校-日本大学-日本軽金属-東京美装 北照高校時代に全日本スキー選手権ノルディック複合で高校生ながら2連覇を達成、インターハイ(全国高等学校スキー大会)では複合で3連覇、純ジャンプで2連覇を達成した。 1970年ノルディックスキー世界選手権では日本勢最高位の8位、1971年2月の札幌国際冬季スポーツ大会(プレオリンピック)で2位になるなど期待されて迎えた地元開催の1972年札幌オリンピックでは5位となった。
板垣 宏志(いたがき ひろし、1945年4月27日 - )は… 板垣 宏志(いたがき ひろし、1945年4月27日 - )は、北海道出身の元ノルディック複合・スキージャンプ選手。北海道小樽潮陵高等学校、明治大学商学部卒業後、国土計画入社。 1968年グルノーブルオリンピックから3大会連続出場。グルノーブルオリンピックは複合で出場し、得意のジャンプで2位につけたがクロスカントリーでは30位のタイムでトータル10位。 1972年札幌オリンピックでは笠谷幸生、金野昭次、青地清二、藤沢隆らと共に“7人の侍”と呼ばれたジャンプメンバーの1人で、70m級ジャンプは前日にメンバーが7人から4人に絞られ出場できなかったが、90m級ジャンプでは70m級銅メダルの青地に代わって出場。
藤沢 隆(ふじさわ たかし、1943年2月7日 - )は、1… 藤沢 隆(ふじさわ たかし、1943年2月7日 - )は、1960年代に活躍した北海道余市郡余市町出身の元ノルディック複合及びスキージャンプ選手。余市高校、早稲田大学を経て国土計画に所属。 1964年のインスブルックオリンピックにノルディック複合の選手として出場し、個人20位の成績を残した。 1966年にノルウェーのオスロで行われたノルディックスキー世界選手権個人90m級(現在のラージヒル)でビョルン・ヴィルコラに次ぐ銀メダルを獲得、世界選手権で日本人初のメダリストとなった。同選手権の70m級(現在のノーマルヒル)では16位。 1968年のグルノーブルオリンピックにスキージャンプの選手として出場。
江遠 要甫(えとお ようすけ、1934年5月10日 - )は… 江遠 要甫(えとお ようすけ、1934年5月10日 - )は、長野県飯山市出身の元ノルディック複合、スキージャンプ選手。 明治大学卒業後、長野営林署に勤務。 ジャンプでは長野県出身者として初のオリンピック代表となった。 この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ人物伝)。
佐藤 耕一(さとう こういち、1931年9月21日 - )は… 佐藤 耕一(さとう こういち、1931年9月21日 - )は、1950年代に活躍した日本の元ノルディック複合、スキージャンプ選手。北海道小樽市出身。 旧制小樽中学(現:北海道小樽潮陵高等学校)-明治大学卒業後、クロバー乳業入社。1958年会社合併により雪印乳業に移籍。 1956年コルチナ・ダンペッツオオリンピックでは2種目に出場、ノルディック複合で33位、ジャンプで39位の成績を残した。 1960年スコーバレーオリンピックではジャンプで22位。 1955年第33回全日本スキー選手権複合優勝。1959年第37回全日本スキー選手権ジャンプ競技優勝。
藤沢良一(ふじさわ りょういち、1927年5月25日 - )… 藤沢良一(ふじさわ りょういち、1927年5月25日 - )は、北海道小樽市出身で1950年代に活躍した日本の元クロスカントリースキー、ノルディック複合、スキージャンプ選手。小樽水産高校から明治大学を経て松尾鉱山。1998年の長野オリンピックでは、聖火リレーの走者を務めた。
久保 登喜夫(くぼ ときお、1921年10月2日 - 194… 久保 登喜夫(くぼ ときお、1921年10月2日 - 1945年4月28日)は、北海道小樽市出身の元スキージャンプ、ノルディック複合選手。大日本帝国海軍軍人。神風特別攻撃隊隊員として戦死した悲劇のジャンプ選手として有名である。 1921年10月2日に北海道小樽市で生まれた。実家近く(小樽市奥沢・眞栄地区)にゲレンデが多かった影響もあり、少年時代よりスキーの才能を開花させた。1935年に旧制小樽中学(現・北海道小樽潮陵高等学校)入学後は、校内にジャンプ台・山小屋風ヒュッテ・夜間照明など恵まれた環境を活かし、メキメキ実力を上げていった。そして4年生だった1939年の第17回全日本スキー選手権大会ノルディックスキー・スペシャルジャンプ少年の部で65.5m,60mのジャンプを見せ、総合点222.5の成績で優勝を果たした。
関戸 力(せきど つとむ、後に矢崎姓、1915年3月25日 … 関戸 力(せきど つとむ、後に矢崎姓、1915年3月25日 - 1987年11月23日)は、北海道小樽市出身のノルディック複合、クロスカントリースキー選手。 旧制小樽商業学校 → 札幌鉄道管理局(現・JR北海道鉄道事業本部) 小樽商業時代の1933年、第11回全日本スキー選手権大会のノルディック複合個人とクロスカントリースキー個人長距離(18km)の少年の部で優勝。卒業後札幌鉄道管理局に入り、1935年の全日本スキー選手権大会のノルディック複合とクロスカントリースキー個人長距離(17km)の成年の部でともに2位となり、翌1936年のガルミッシュパルテンキルヒェンオリンピックの代表に選出される。同オリンピックのノルディック複合個人では35位、クロスカントリースキー個人長距離(18km)では55位、4x10kmリレーで12位だった。
関口 勇(せきぐち いさむ、1910年10月28日 - 未詳… 関口 勇(せきぐち いさむ、1910年10月28日 - 未詳)は、北海道小樽市出身の元スキージャンプ、ノルディック複合、アルペンスキー選手。 旧制北海商業学校 → 札幌鉄道管理局 → 北海道帝国大学若労会 中学時代からジャンプの選手として知られ、卒業後はノルウェースキー連盟副会長のオラフ・ヘルセット中尉の指導を受けた。飛型の美しさには定評があり、日本で初めて本場北欧のジャンプを身につけた選手と言われる。1930年の第8回全日本スキー選手権大会ジャンプ競技で優勝。1932年レークプラシッドオリンピックの日本代表に選出されるが、大会直前に病気で途中帰国した。 その後ノルディック複合に転向し、1935年の全日本スキー選手権大会ノルディック複合で優勝、翌1936年ガルミッシュ・パルテンキルヘンオリンピックの代表に選出される。
栗谷川 平五郎(くりやがわ へいごろう、1908年10月4日… 栗谷川 平五郎(くりやがわ へいごろう、1908年10月4日 - 1993年2月20日)は、北海道名寄市出身のクロスカントリースキー、ノルディック複合選手。 戦前を代表する名選手の一人である。 旧制札幌第一中学校 → 札幌鉄道管理局(現・JR北海道鉄道事業本部) → 明治大学 → 札幌鉄道管理局 札幌一中から札幌鉄道管理局に入り、1928年の第6回全日本スキー選手権大会クロスカントリースキーの個人30kmとリレーで優勝。その後明大に進み、1929年から31年までの全日本学生スキー選手権大会の個人18kmで3連覇した他、1930年の全日本スキー選手権大会のノルディック複合で優勝する。1932年レークプラシッドオリンピックでは、クロスカントリースキー個人長距離(18km)と個人耐久(50km)、ノルディック複合の3種目にエントリーする。
山田 勝巳(やまだ かつみ、1905年 6月6日 - 197… 山田 勝巳(やまだ かつみ、1905年 6月6日 - 1970年)は、日本のノルディック複合、スキージャンプ選手。1932年レークプラシッドオリンピック日本代表。 北海道札幌市生まれ。北海中、北海道帝国大学農学部林学科卒業後、1929年に青森県の大鰐営林署へ就職。青森林友会所属で競技を続けた。 1932年レークプラシッドオリンピックスキージャンプで32位、ノルディック複合32位。 のちに鰺ヶ沢営林署をへて北海道庁へ異動。一方で全日本スキー連盟技術委員や複合部長などを歴任した。 理論家肌で逆転の発想をよくすることから””逆さん”の愛称で慕われた。
坪川 武光(つぼかわ たけみつ、1909年 - 1940年1… 坪川 武光(つぼかわ たけみつ、1909年 - 1940年12月19日)は、北海道小樽市出身のクロスカントリースキー、ノルディック複合選手。 旧制札幌商業学校 → 早稲田大学 → 北海道庁 早大在学中、1930年の第8回全日本スキー選手権大会クロスカントリースキー個人18kmとリレーで優勝。翌1931年の全日本学生スキー選手権大会でも、早大チームのメンバーとして、クロスカントリースキー32kmリレーを制する。1932年レークプラシッドオリンピックの代表に選出され、クロスカントリースキー個人長距離(18km)で15位、ノルディック複合では前半の距離で5位、総合でも日本人選手最高の15位に入る健闘を見せた。