スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
宮下 朝陽(みやした あさひ、2004年1月26日 - )は… 宮下 朝陽(みやした あさひ、2004年1月26日 - )は、北海道寿都郡黒松内町出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。 黒松内小2年から軟式チームで野球を始め、小学6年生の時に北海道日本ハムファイターズジュニア入りを果たした。黒松内中時代は余市シニアで全国を経験。 北海高等学校では主将と4番打者を務め、3年春の第93回選抜高等学校野球大会、夏の第103回全国高等学校野球選手権大会に出場したが、いずれも初戦で阪上翔也擁する神戸国際大附に敗れた。2学年先輩に辻本倫太郎、同学年に木村大成、大津綾也、工藤泰己、江口聡一郎がいた。 高校卒業後は東洋大学へ進学。当時2部リーグながら1年生から主力を務める。
江口 聡一郎(えぐち そういちろう、2003年11月22日 … 江口 聡一郎(えぐち そういちろう、2003年11月22日 - )は、北海道札幌市のプロ野球選手(外野手)。右投右打。 札幌市立真栄小学校1年次に真栄ビクトリーで野球を始めた。 札幌大谷中学校では札幌大谷リトルシニアでプレーした。 北海高等学校では高校2年の6月に右胸郭出口症候群になり7月に手術をし50kgあった握力は8kgまで下がり右手で箸を持てないほどになった。7月に手術をしてから県秋季大会よりスタメンを勝ち取った。秋季大会では万全ではなかったが人生初アーチを含む打率.364を記録し第93回選抜高等学校野球大会への出場に貢献した。特に決勝の旭川実業高等学校戦では田中楓基から本塁打を放ちそれが決勝点となった。
工藤 泰己(くどう たいき、2003年9月29日 - )は北… 工藤 泰己(くどう たいき、2003年9月29日 - )は北海道札幌市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。広島東洋カープ所属。 札幌市立常盤小学校3年時に常盤ハリケーンで捕手として野球を始め、札幌市立常盤中学校在学時は軟式クラブチームのT・TBCでプレー。中学時代は髙谷舟とともにプレーした。 中学卒業後は北海高等学校に進学。2学年先輩に辻本倫太郎、同級生に木村大成、大津綾也、宮下朝陽、江口聡一郎らがいる。1年時からベンチ入りを果たし、最初は捕手として木村と公式戦で1年生バッテリーを組むことがあったが、やがて外野手を経て投手へとポジションを変える。チームは第93回選抜高等学校野球大会、第103回全国高等学校野球選手権大会に出場するも木村の控えで登板なし。
木村 大成(きむら たいせい、2003年9月12日 - )は… 木村 大成(きむら たいせい、2003年9月12日 - )は、北海道北広島市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。福岡ソフトバンクホークス所属。 北広島市立東部小学校1年生の時に軟式野球を始め、北広島市立東部中学校では軟式野球部に所属した。 北海高等学校に進学し、1年春からベンチ入り。2年秋からエースとなり、北海道大会で優勝。3年春の第93回選抜高等学校野球大会に出場し、開幕戦となった阪上翔也擁する神戸国際大附との1回戦に先発したが、1点リードの9回裏に同点に追い付かれ、延長10回裏に適時打を打たれサヨナラ負けを喫した。同年夏の南北海道大会では苫小牧中央との1回戦にて、視察に訪れたスカウトのスピードガンで自己最速を更新する150km/hを記録した。
大津 綾也(おおつ りょうや、2003年5月28日 - )は… 大津 綾也(おおつ りょうや、2003年5月28日 - )は、北海道久遠郡せたな町出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 せたな町立北檜山小学校1年の時に北檜山ラウドネスで野球を始め、6年時には松浦慶斗らとともに北海道日本ハムファイターズジュニアのメンバーに選出されている。せたな町立北檜山中学校時代は軟式野球部でプレー。 北海高等学校では1年春から遊撃手としてベンチ入りし、1年秋から捕手に転向。2年夏から正捕手。3年春には第93回選抜高等学校野球大会に出場。1回戦の神戸国際大附戦はエース木村大成をリードし8回まで2-1と勝ち越していたが、9回裏に自らの捕逸でピンチを招いて追いつかれ、延長10回にサヨナラ負けを喫した。
井波 勇太(いなみ ゆうた、2002年8月29日 - )は、… 井波 勇太(いなみ ゆうた、2002年8月29日 - )は、北海道出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィルダー(MF)。Jリーグ・ヴァンラーレ八戸所属。 2024年8月29日に2025年からヴァンラーレ八戸への加入が発表された。 2025年2月23日のFC岐阜戦でJリーグ初出場を果たし、3月9日のSC相模原戦でJリーグ初ゴール。
藪中 海皇(やぶなか かいおう、2001年9月10日 - )… 藪中 海皇(やぶなか かいおう、2001年9月10日 - )は、北海道出身のプロサッカー選手。北海道サッカーリーグ・ASC北海道所属。ポジションはディフェンダー(DF)。 北海高校時代に第98回全国高等学校サッカー選手権大会に出場している。 富士大学では4年時に主将を務め、2023年に総理大臣杯で富士大学の初優勝に貢献した。 2024年にいわてグルージャ盛岡に加入。 2024年5月18日のY.S.C.C.横浜戦でJリーグデビューを果たす。 2025年1月6日、EDO ALL UNITEDへの移籍を発表。
辻本 倫太郎(つじもと りんたろう、2001年8月11日 -… 辻本 倫太郎(つじもと りんたろう、2001年8月11日 - )は、富山県富山市生まれ、北海道札幌市白石区出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。中日ドラゴンズ所属。 富山県富山市で生まれ、2歳の時に北海道札幌市へ引っ越した。札幌市立東札幌小学校で3年生の時に東札幌ジャイアンツで野球を始め、6年時には北海道日本ハムファイターズジュニアでプレーした。札幌市立日章中学校在学時は硬式野球のクラブチームである札幌南シニアでプレーし、3年春に全国大会に出場した。 北海高等学校では2年夏から遊撃手のレギュラーに定着し、同年秋から主将を務めた。3年夏は南北海道大会準々決勝で札幌国際情報に敗れた。その後、北海高校が阪神甲子園球場で行われた全国高等学校野球選手権大会で初めて勝利した高校であることから、令和初の第101回全国高等学校野球選手権大会にて、開会式の入場行進の先導役を務めた。
高木 美穂(たかぎ みほ、2000年8月25日 - )は、女… 高木 美穂(たかぎ みほ、2000年8月25日 - )は、女性アイドルグループラストアイドルの元メンバー、2023年からバグ神のボーカリストである。北海道札幌市出身。北海高等学校卒業。ファンの名称は「みぽらー」。
大窪 士夢(おおくぼ じゆ、2000年8月2日 - )は、北… 大窪 士夢(おおくぼ じゆ、2000年8月2日 - )は、北海道岩見沢市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 北海高等学校ではチームは1年夏と2年夏の甲子園に出場したがベンチ外。3年時は控え投手として全て救援投手として登板したが、甲子園出場はなかった。高校の1学年先輩に川村友斗、阪口皓亮、鈴木大和、1学年後輩に辻本倫太郎がいる。 2018年10月25日に行われたプロ野球ドラフト会議において、埼玉西武ライオンズから育成ドラフト2位で指名され入団。背番号は126。 2019年はイースタン・リーグ公式戦2試合に登板し、5回を投げ防御率7.20の成績だった。同年秋より西武に三軍制が敷かれ、大窪も三軍選手として指導を受けるようになる。
村木 汀(むらき なぎさ、2000年〈平成12年〉2月14日… 村木 汀(むらき なぎさ、2000年〈平成12年〉2月14日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(1期)。父は北海道議会議員の村木中。 2000年に岩見沢市で生まれ、北海高等学校卒業後は北海学園大学法学部に進学。大学在学時に自民党北海道連青年局学生部長を経験して卒業後は、北海道信用農業協同組合連合会(JA北海道信連)や岩見沢市の訪問介護会社に勤務した。 2026年2月に第51回衆議院議員総選挙で自民党公認を得て比例北海道ブロックから立候補し、比例単独名簿登載順位第14位で当選した。 “立候補は「比例票の積み増し」のためで、選挙中も自身のたすきは付けずに小選挙区候補の応援に徹して「当選は完全に想定外」だった”と、本人は後日に語った。
阪口 皓亮(さかぐち こうすけ、1999年8月15日 - )… 阪口 皓亮(さかぐち こうすけ、1999年8月15日 - )は、大阪府大阪市大正区出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。東京ヤクルトスワローズ所属。 大阪市立三軒家東小学校2年から野球を始め、大阪市立大正東中学校時代には大正ボーイズに所属し、投手兼外野手としてプレー。比嘉賢伸とは小中でチームメイトであり、小学校時代にはバッテリーを組んでいた。DeNAに同期入団した山本祐大は中学校の1つ先輩にあたる。 北海高等学校では2年春に背番号15でベンチ入りするも、2年夏はベンチ外。同校はこの年大西健斗を擁し、第98回全国高等学校野球選手権大会に出場し準優勝。阪口は甲子園に帯同し、初戦で対戦した松山聖陵のエース・アドゥワ誠対策として打撃投手を務めた。
川村 友斗(かわむら ゆうと、1999年8月13日 - )は… 川村 友斗(かわむら ゆうと、1999年8月13日 - )は、北海道松前郡松前町出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。福岡ソフトバンクホークス所属。 北海高校では2年時に打線の中軸を任され、夏の甲子園大会での準優勝に貢献。当時のチームメイトに阪口皓亮と鈴木大和、1学年後輩に大窪士夢、2学年後輩に辻本倫太郎がいる。 高校卒業後は、仙台大学に進学。大学4年時の2021年度プロ野球ドラフト会議で福岡ソフトバンクホークスより育成選手ドラフト2位指名を受け、入団。背番号は132。 2022年、二軍公式戦に39試合出場し、打率.193、1本塁打、5盗塁、9打点、三軍戦では54試合に出場し、打率.261、4本塁打、12盗塁、22打点を記録する。
伊藤 俊之(いとう としゆき、1999年8月10日 - )は… 伊藤 俊之(いとう としゆき、1999年8月10日 - )は、長野県長野市出身のプロアイスホッケー選手。アジアリーグアイスホッケーのH.C.栃木日光アイスバックスに所属。 兄も同じくプロアイスホッケー選手である伊藤崇之。 小学1年生の時に、両親や兄の影響からアイスホッケーを始めて地元のクラブチームに所属する。小学3年生からは野球も始め、夏は野球・冬はアイスホッケーという生活を送る。 中学からは、実家からは少し離れた北佐久郡軽井沢を拠点とする軽井沢グリフィンズに所属するため、野球を続けることを断念しアイスホッケー一本に絞る。 高校は強豪校が集う北海道の高校に進学したいと思い、札幌の北海高校に進学したが、中々良い結果を残すことが出来なかった。
鈴木 大和(すずき やまと、1999年4月27日 - )は、… 鈴木 大和(すずき やまと、1999年4月27日 - )は、北海道北広島市出身のプロ野球選手(外野手・育成選手)。右投右打。読売ジャイアンツ所属。 北広島市立大曲東小学校2年から野球を始め、6年時には北広島イーストグローリーで高円宮賜杯全日本学童軟式野球大会マクドナルド・トーナメントに出場。北広島市立大曲中学校では札幌豊平ボーイズに所属し、3年時にジャイアンツカップに出場している。 北海高等学校では2年夏に第98回全国高等学校野球選手権大会に出場。「9番・中堅手」で全5試合に出場して27打数14安打、打率.519の好成績を残し、チームの決勝進出に貢献。決勝では作新学院のエース今井達也から2安打1打点を放ったが、1-7で敗れて準優勝に終わった。
佐藤 龍世(さとう りゅうせい、1997年1月15日 - )… 佐藤 龍世(さとう りゅうせい、1997年1月15日 - )は、北海道厚岸郡厚岸町出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。 スピードスケート選手で2018年の平昌オリンピック女子団体パシュート金メダリストの佐藤綾乃は従姉にあたる。 厚岸町立真龍小学校2年生から「真龍ファイターズ」で野球を始める。厚岸町立真龍中学校時代は「釧路中央シニア」でプレーしていたが、廃部になり「釧路シニア」でプレー。 高校は全国選手権への最多出場回数を誇る札幌市の北海高等学校に進学し、4番打者を担った。しかし、佐藤の代は一度も甲子園出場を果たせず、特に2年夏と3年夏は南北海道大会の札幌支部予選で初戦敗退を喫した。この結果から一度は野球に対する気持ちが折れ、厚岸に戻って漁師か消防士の仕事に就くことを考えていたが、高校の監督に説得され、富士大学経済学部経営法学科への入学を勧められた。
武藤 彩芽(むとう あやめ、1996年(平成8年)8月31日… 武藤 彩芽(むとう あやめ、1996年(平成8年)8月31日 - )は、日本のフリーアナウンサー、気象キャスター。元モデルである。セント・フォース所属。 2015年、大学在学中に、北海道日本ハムファイターズのチアリーディングチーム「ファイターズガール」のオーディションを受け合格し、ファイターズガールデビュー。 2016年までの1年間ファイターズガールを務め、2017年の札幌コレクション2017にて、同イベントスタッフにスカウトされ、翌2018年、札幌コレクション2018にてランウェイデビュー。モデル事務所Apasに所属し、同年、雑誌「CanCam」より北海道親善大使に任命され、『キレイウォーク』(FiNC)や『私の手にしかできない仕事』(リジョブ)などの広告宣伝に出演した。
齊藤 優希(さいとう ゆうき、1996年5月18日 - )は… 齊藤 優希(さいとう ゆうき、1996年5月18日 - )は、日本の将棋棋士。北海道札幌市生まれ。深浦康市九段門下。棋士番号は345。
戸川 大輔(とがわ だいすけ、1996年4月29日 - )は… 戸川 大輔(とがわ だいすけ、1996年4月29日 - )は、北海道沙流郡日高町出身の元プロ野球選手(外野手)。右投左打。 日高町立厚賀小学校2年生の時に投手として野球を始め、日高町立厚賀中学校時代は札幌グロウィングス(現・札幌北広島ボーイズ)でプレーした。北海高等学校では1年生時の秋に背番号「1」でベンチ入りし、2年生時の秋に投手から外野手に転向した。3年生時の第96回全国高等学校野球選手権大会・南北海道大会札幌予選では2回戦で北海道札幌南高等学校に敗れている。高校通算13本塁打。同期に佐藤龍世がいる。 2014年10月23日に行われたドラフト会議で、埼玉西武ライオンズから育成選手ドラフト1位指名され、支度金350万円、年俸300万円(金額は推定)で仮契約を結んだ。
花岡 領太(はなおか りょうた、1995年8月22日 - )… 花岡 領太(はなおか りょうた、1995年8月22日 - )は、日本の元俳優、元歌手、元タレント、元読者モデルであり、ボーイズグループNORDの元メンバー。北海道出身。血液型A型。2020年3月31日をもってソニーミュージック、及びCREATIVE OFFICE CUEを退社。 北海高等学校在学中から歌を始め、EXPG札幌校に通い本格的に技能を磨く。その後、高校生シンガーとして道内を中心に活動し、役者としても舞台を中心に出演するようになる。 2015年、ソニーミュージックとCREATIVE OFFICE CUEによる北海道男子限定オーディション『アオタガイ学園』(札幌テレビ放送)にて準グランプリに選ばれ、2016年にNORDのメンバーとしてデビュー。
鈴木 健斗(すずき けんと、1994年12月9日 - )は、… 鈴木 健斗(すずき けんと、1994年12月9日 - )は、北海道出身のプロアイスホッケー選手。ポジションはフォワード。アジアリーグアイスホッケーのH.C.栃木日光アイスバックス所属。 兄も元プロアイスホッケー選手の鈴木雄大。 兄の影響で幼少時からアイスホッケーを始め、中学は新川中学、高校は北海高校に進学し、大学は中央大学に進学する。 2015年の在学時には最多得点賞、ベストFWにも選出される。 大学時卒業後にアジアリーグアイスホッケーの日本製紙クレインズに入団。 2019年にクレインズの廃部に伴い、退団。 2019年6月28日にH.C.栃木日光アイスバックスに入団。前日には兄の雄大がアイスバックスに復帰しており、兄弟揃ってアイスバックスジムにて記者会会見を行った。
子出藤 歩夢 (ねでふじ あゆむ、1994年(平成6年)4月… 子出藤 歩夢 (ねでふじ あゆむ、1994年(平成6年)4月7日 -)は、日本のスノーボード選手。 北海道小樽市出身。 北海高等学校卒業。日本体育大学卒業。2014年ソチオリンピック日本代表。 2013年、スペインのシエラネバダで行われたスノーボード・ワールドカップハーフパイプ最終戦で83.75点を叩き出しヤンネ・コルピに続く2位となった。 2014年のソチオリンピックではスノーボードの男子ハーフパイプに出場し、予選2組17位(1回目54.50点、2回目28.75点)で予選敗退。総合順位は32位。 2016年のUS OPENではファイナルに進出。 2017年、札幌で行われた2017年アジア冬季競技大会スノーボード男子ハーフパイプに出場しで銅メダルを獲得した。
川越 誠司(かわごえ せいじ、1993年6月30日 - )は… 川越 誠司(かわごえ せいじ、1993年6月30日 - )は、北海道札幌市豊平区出身のプロ野球選手(外野手)。左投左打。中日ドラゴンズ所属。 札幌市立豊平小学校2年生の時に野球を始め、札幌市立八条中学校では札幌豊平東シニアで投手としてプレーした。当時のチームメイトには1歳下に水野滉也がいる。 北海高等学校では、3年生の第83回選抜高等学校野球大会で3試合に「4番・右翼手」として先発出場し、1回戦・対創志学園高等学校戦では同点の8回に決勝本塁打を放つなど、計12打数6安打、1本塁打、2打点、打率.500の成績だった。第93回全国高等学校野球選手権大会・1回戦の対明徳義塾高等学校戦では「4番・右翼手」として先発出場し、4打数1安打1打点、打率.250の成績でチームはサヨナラ負けした。
鍵谷 陽平(かぎや ようへい、1990年9月23日 - )は… 鍵谷 陽平(かぎや ようへい、1990年9月23日 - )は、北海道亀田郡七飯町出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 妻は女優の青谷優衣。 小学1年生から野球を始め、5年時に内野手から投手へ転向した。七飯町立七飯中学校時代は、軟式野球部に所属。野球推薦の話があったことと、野球を続けるなら親に甘えたくないという理由から札幌市にある北海高校に進学。 高校時代は1年時の夏からベンチ入し、2年時の秋からエースとなる。3年時の夏に南北海道予選を制し、第90回全国高等学校野球選手権記念大会に出場するが、1回戦の東邦高校戦で先頭打者本塁打を含む14被安打12失点と打ち込まれ、7回途中で降板しチームも10-15で敗退。
西村 啓(にしむら けい、1990年4月9日 - )は、北海… 西村 啓(にしむら けい、1990年4月9日 - )は、北海道出身のフットサル選手、元サッカー選手。エスポラーダ北海道所属。 北海高等学校から札幌大学を経て、2013年にFCガンジュ岩手に加入。 2014年からはJFLに昇格したヴァンラーレ八戸に移籍した 2017年をもって八戸を退団。 退団後Fリーグのエスポラーダ北海道のセレクション受け合格し入団背番号は23。
鈴木 雄大(すずき ゆうた、1989年10月16日 - )は… 鈴木 雄大(すずき ゆうた、1989年10月16日 - )は、北海道札幌市出身の元プロアイスホッケー選手、アイスホッケー指導者。 弟もプロアイスホッケー選手の鈴木健斗。 幼少期にアイスホッケーを始め、高校は北海高校に進学し、大学は中央大学に進学する。 大学での実績を評価され卒業後、アジアリーグアイスホッケーのH.C.栃木日光アイスバックスに所属。2014-2015年全日本選手権優勝。その後、2017年に退団。 栃木退団後の2017年、デミョン・キラーホエールズに入団。移籍初年度に得点王を獲得し、札幌市出身のアイスホッケー選手では初めての得点王になる。同時にベスト6でベストFWも受賞。 2019年チーム解体と共に退団。
宮崎 翔太(みやざき しょうた、1989年9月1日 - )は… 宮崎 翔太(みやざき しょうた、1989年9月1日 - )は、日本の俳優である。 北海道出身。北海高等学校卒業。ブルーベアハウス所属。第20回『ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト』で審査員特別賞受賞。「世紀末リーダー伝たけし」が好き。
上田 陵弥(うえだ りょうや、1989年5月2日 - )は、… 上田 陵弥(うえだ りょうや、1989年5月2日 - )は、北海道出身のサッカー選手。ポジションはDF。 2012年に横河武蔵野FCに加入すると開幕からベンチ入りを果たし、結果1年目はリーグ戦を23試合出場を果たした。2014年よりFC琉球に完全移籍。 2015年を以て、FC琉球との契約が満了。2016年より東京武蔵野シティFCへ完全移籍により加入した。しかしわずか1年で武蔵野を退団した。2017年より十勝FCへ加入 し、シーズン終了後に退団。
伊藤 祐輝(いとう ゆうき、1987年1月24日 - )は、… 伊藤 祐輝(いとう ゆうき、1987年1月24日 - )は、日本の俳優。旧芸名、伊藤 祐貴(読み同じ)。 北海道札幌市北区あいの里出身。北海高等学校、学習院大学卒業。身長180センチメートル、体重70キログラム。 特技は殺陣、アクション、英会話、乗馬、バク転、腕相撲、バレーボール、スキー、水泳、ボクシング、マラソン。
瀬川 隼郎(せがわ はやお、1986年10月21日 - )は… 瀬川 隼郎(せがわ はやお、1986年10月21日 - )は、北海道札幌市厚別区出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 小学校4年生の時に野球を始め、もみじ台中学校時代は「札幌白石シニア」でプレーした。北海高校では1年秋からエースとなる。1試合27奪三振なども記録したが甲子園出場経験はない。 高校卒業後は、社会人野球・クラブチームの室蘭シャークスに入団し、働く傍らプレーした(ドラフト指名時は日鉄住金テクノロジーで勤務)。入団当初は制球難に苦しみ、伸び悩む時期が続いたが、投球フォームの改善や、監督の庫田雄平のアドバイスなどもあり、徐々に才能が開花。第39回社会人野球日本選手権大会道地区予選の対航空自衛隊千歳戦では、7回を1失点に抑え、さらに翌日の対JR北海道戦では8回から救援し、延長10回までの3イニングを7奪三振・無失点と好投し、本大会進出に貢献した。
二階堂 瞳子(にかいどう とうこ、1986年(昭和61年)1… 二階堂 瞳子(にかいどう とうこ、1986年(昭和61年)10月16日 - ) は、日本の演出家、振付師、俳優。「革命アイドル暴走ちゃん」主宰。元「バナナ学園純情乙女組」主宰。 北海道出身。北海高等学校、桜美林大学総合文化学群演劇専攻卒業。自身が学生時代に地下アイドルとして活動した経験からヲタク文化をアートに転化させる試みを始め、 アイドル、アニソン、ヲタ芸などの現代日本を代表するサブカルチャーを取り入れた独自のメソッドを築き上げる。 主に海外の演劇祭、ダンスフェスティバル、芸術祭の出演を主軸としているが、国内では、村上隆主宰『GEISAI#20』で審査員を務めるほか、CM 「Google Android」、TBS「アメージパング!」に出演し続けV6にヲタ芸を教授するなど、その活動は多岐に渡る。
市村 篤司(いちむら あつし、1984年11月18日 - )… 市村 篤司(いちむら あつし、1984年11月18日 - )は、北海道恵庭市出身の元プロサッカー選手。ポジションはディフェンダー。2019年に、17年間の現役生活に終止符を打ち、現在は熊本にセリオサッカースクールを立ち上げ、子供たちを指導している。 2005年、コンサドーレ札幌から九州サッカーリーグに所属しているロッソ熊本(現 ロアッソ熊本)の誕生と共に移籍。 熊本では不動の右サイドバックとして活躍。しかし、2010年シーズンはワールドカップ南アフリカ大会による中断直前に腸脛靭帯炎を発症したため11月中旬まで試合には出られず、17試合の出場に留まった。常に移籍の噂はあったが、ロアッソ熊本に8年在籍した。
矢野 哲也(やの てつや、1984年5月21日 - )は、北… 矢野 哲也(やの てつや、1984年5月21日 - )は、北海道出身の元サッカー選手、経営者。現役時代のポジションは、DF。 札幌サッカースクールでサッカーを始める。同期生に山瀬幸宏がいる。北海高校に進学。高校の同級生には、市村篤司がいる。北海道選抜として柏レイソルへ練習に行ったのがきっかけとなり、高校卒業と同時に柏レイソルに加入。 柏レイソルでは出場機会が無く、2005年に当時JFLの愛媛FCにレンタル移籍。愛媛FCのJ2昇格に貢献するが、シーズンオフに柏レイソルから解雇。Jリーグ合同トライアウトに参加するが、所属チームが見つからず、現役を引退した。 2022年1月、この年からJリーグ加盟を目指す地元北海道のBTOPサンクくりやまの社長に就任した。
外崎 潤(とのさき じゅん、1984年1月9日 - )は、北… 外崎 潤(とのさき じゅん、1984年1月9日 - )は、北海道出身の元アイスホッケー選手。ポジションはディフェンス。 札幌市立上野幌中学校、北海高等学校、明治大学を経て、2006-2007年シーズンに日本製紙クレインズへ入団。 “メンバープロフィール”. 日本製紙クレインズオフィシャルウェブサイト. 2012年2月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年8月15日閲覧。
田中 豪(たなか ごう、1983年10月6日 - )は、北海… 田中 豪(たなか ごう、1983年10月6日 - )は、北海道出身の元プロアイスホッケー選手。ポジションはフォワード。 6歳でアイスホッケーを始める。雪印ジュニア、北海高等学校を経て早稲田大学に進学。 2006年に大学を卒業し、アジアリーグアイスホッケーのSEIBUプリンス ラビッツに入団。 2008年の第75回全日本アイスホッケー選手権大会ではMVPを獲得。 2008-09シーズンを最後にチームが解散すると、ドイツ2部リーグのESVカウフボイレンへと移籍した。 2010年に帰国し、東北フリーブレイズに入団し、主将に就任。アジアリーグアイスホッケー2010-2011シーズンはレギュラーリーグ最多得点と最多ポイントのタイトルを獲得し、ベスト6と最優秀選手にも選出された。
水上 玄太(みずかみ げんた、1983年5月24日 - )は… 水上 玄太(みずかみ げんた、1983年5月24日 - )は、北海道札幌市出身のフットサル選手。エスポラーダ北海道所属。ポジションはピヴォ。2024-25シーズン終了時点でFリーグ通算470試合に出場しており、通算最多出場記録を保持している。 北海道札幌市出身。北海道では冬季に屋外でサッカーをプレーすることが難しく、サロンフットボール(室内ミニサッカー)が盛んに行われていた。水上は小学3年次にサッカーを始めたものの、サッカーの練習後には体育館でサロンフットボールに親しんでいた。中学校・高校に進学してもサッカーを続けていたが、腰を痛めたことがきっかけで北海高等学校1年秋にサッカー部を退部。その頃にはサロンフットボールではなくフットサルが広まり始めており、高校在籍時から社会人フットサルチームに加入してプレーしていた。
北野 貴之(きたの たかし、1982年10月4日 - )は、… 北野 貴之(きたの たかし、1982年10月4日 - )は、北海道札幌市豊平区出身 の元プロサッカー選手。ポジションはゴールキーパー。 北海高校出身で、山瀬功治は高校の1年先輩にあたる。高校1年次の終わり頃にフィールドプレーヤーからGKに転向。 2003年に札幌大学を中退しアルビレックス新潟(当時J2)に加入。野澤洋輔・木寺浩一に次ぐ第3GKであったが、2006年のJリーグカップ予選リーグ第3節・清水戦(4月26日)で公式戦デビュー。この試合で勝利に貢献すると、続く4月30日のJ1第10節・G大阪戦にも抜擢されJ1デビュー戦を勝利で飾った。以降、負傷欠場したJ1第23節ジュビロ磐田戦を除く全ての公式戦でフル出場し、クラブの「顔」であった野澤から正GKの座を奪取した。
山瀬 功治(やませ こうじ、1981年9月22日 - )は、… 山瀬 功治(やませ こうじ、1981年9月22日 - )は、北海道札幌市南区出身 の元プロサッカー選手。元日本代表。現役時代のポジションはミッドフィールダー。 小学校時代はSSS札幌サッカースクールに所属し、同級生に赤井秀一と畠山昌人がいる。SSS札幌で頭角を現したのち、中学時代には単身ブラジルへサッカー留学をする。その後、北海高校へ進学した。1学年後輩には北野貴之がいる。1999年には強化指定選手としてコンサドーレ札幌に登録された(トップでの試合出場はなし)。2000年、札幌に入団。同年、北海高校から系列の北海学園大学経済学部に進学。二足の草鞋を履く生活。2000年3月にはユース代表に初選出される。
キムラ 真(キムラ まこと、1981年7月17日 - )は、… キムラ 真(キムラ まこと、1981年7月17日 - )は、日本の劇作家、演出家、俳優。劇団ナイスコンプレックス主宰。宮城県仙台市生まれ、北海道札幌市育ち。かつての名義は木村真。
斎藤 順道(さいとう まさみち、1979年1月10日 - )… 斎藤 順道(さいとう まさみち、1979年1月10日 - )は、北海道出身の日本の柔道家。現役時代は73kg級の選手。身長は167cm。 90kg級で活躍していた斎藤制剛を兄に持ち、札幌市立北白石中学校、北海高校、国士舘大学と、大学まで同じ進路を歩んだ。 中学3年生時、全国中学校柔道大会の65kg級決勝で阿蘇市立一の宮中学校3年の内柴正人に敗れて準優勝。北海高校3年生時にはインターハイの軽中量級で優勝して、前年に中量級で優勝した兄に続いて兄弟での連覇を果たした。全日本ジュニアの71kg級では2位にとどまった。 1997年に国士舘大学へ進学。3年の時に優勝大会で初優勝すると、新設された体重別団体でも兄の制剛や同級生の内柴などとともに活躍して優勝を勝ち取り、団体2冠を達成した。
斎藤 制剛(さいとう せいごう、1977年5月4日 - )は… 斎藤 制剛(さいとう せいごう、1977年5月4日 - )は、北海道札幌市出身の柔道家。1995年、第23回札幌市民スポーツ賞受賞者。 小学校、中学校、高校までは北海道代表として全国大会で活躍し、高校3年時には得意の内股、大内刈、寝技を武器にインターハイの中量級で優勝。北海高等学校卒業後は国士舘大学に進学し、国士舘大学が全国制覇した際には主将としてチームを牽引した。 大学卒業後は旭化成に籍を置き、個人戦で講道館杯を4連覇、全日本選抜体重別選手権で2連覇、全日本実業個人選手権で3連覇するなど同階級の第一人者として活躍した。 しかし、大学4年時と社会人1年目に相次いで両膝を故障(靱帯損傷)した影響により、それまでの正攻法の柔道から肩車・朽木倒・返し技などの変則柔道に偏重していった事や、同階級に飛塚雅俊、矢嵜雄大、泉浩といった強豪が揃っていたなど数々の不運もあり、オリンピックや世界選手権に個人代表として出場する事は無かった(2005年には全日本選抜体重別選手権で優勝するも、「外国人選手を相手に結果を残していない」という理由で同年の世界選手権代表には選ばれなかった)。
タカ(1976年〈昭和51年〉4月3日 - )は、日本のお笑… タカ(1976年〈昭和51年〉4月3日 - )は、日本のお笑い芸人であり、タカアンドトシのボケ担当。相方はトシ。吉本興業所属。北海道札幌市出身(出生地は釧路市)。北海高等学校卒業。身長175cm、体重85kg。本名は鈴木 崇大(すずき たかひろ)。
堀田 一郎(ほりた いちろう、1974年4月18日 - )は… 堀田 一郎(ほりた いちろう、1974年4月18日 - )は、北海道十勝支庁広尾郡広尾町出身の元プロ野球選手(外野手)。 北海高校時代、夏の甲子園に出場。 中央大学では4年間二部リーグであったが主将として、4年春に東都大学リーグ二部三冠王に輝く。また、4年時には東都大学リーグのプロ・アマ交流戦に出場し、安打を放つ。 1996年のドラフト6位で読売ジャイアンツへ入団。 走攻守3拍子揃った選手として注目され、細身の体型ながら打撃はパンチ力があり、1998年にはフレッシュオールスターゲーム出場果たすも、一軍ではなかなか結果を残せなかった。二軍では2002年に本塁打王、2003年に首位打者に輝くなど毎年のように本塁打、盗塁は常に上位に名を連ねた。
萩野 英明(はぎの ひであき、1973年1月20日 - )は… 萩野 英明(はぎの ひであき、1973年1月20日 - )は、北海道出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー。 現在は北海高等学校サッカー部コーチ。 やわらかなボールタッチと、スピード・運動量ともに十分といった特徴をもったミッドフィールダーであった。 札幌大学時代に天皇杯出場経験がある。 1995年にサンフレッチェ広島に入団。同期に久保竜彦、大木勉、山根巌、吉村光示、西田吉洋がいる。 退団後1997年にコンサドーレ札幌の入団テストを受けたが、入団にいたらなかった。その後、札幌大学サッカー部OBに所属、主力として全国地域リーグ決勝大会などで活躍した。 2008年現在は母校の北海高等学校でサッカー部コーチとして活躍、同年には3年ぶりに高校選手権出場を果たした。
島崎 圭介(しまざき けいすけ、1971年6月18日 - )… 島崎 圭介(しまざき けいすけ、1971年6月18日 - )は、北海道北広島市出身(札幌市生まれ)の大学野球指導者、政治家。北広島市議会議員(3期)。 北海道札幌市白石区にて生まれ、3歳の時に札幌郡広島町(現在の北広島市)へ転居。 広島町立若葉小学校(現在の北広島市立双葉小学校)、広島町立広葉中学校(現在の北広島市立広葉中学校)を経て北海高等学校に入学し、野球部に入部。同期に平川敦(現在の北海高等学校監督)、松浦吉仁(日本製紙石巻元監督、松浦慶斗の父)。野球部では投手として大西昌美監督の指導の下で甲子園を目指し、練習に打ち込む。1989年、高校3年次の第71回全国高等学校野球選手権大会(1989年)に出場、初戦(2回戦)の山口県桜ヶ丘高等学校戦でリリーフ登板し、憧れの阪神甲子園球場のマウンドに立ったが、試合は2-6で敗れる。
平川 敦(ひらかわ おさむ、1971年4月6日 - )は、北… 平川 敦(ひらかわ おさむ、1971年4月6日 - )は、北海道根室市出身の高校野球指導者、元アマチュア野球選手。次男はプロ野球広島東洋カープの平川蓮。 北海高等学校では投手として1989年夏の第71回全国高等学校野球選手権大会に出場した。同期には島崎圭介(現・北海学園大学野球部監督)、松浦吉仁(元・日本製紙石巻野球部監督、松浦慶斗の父)がいた。 高校卒業後は北海学園大学へ進学したが、「選手としては上を目指せない」として、野球部には所属しなかった。在学中の1990年に母校の北海でコーチを務めた後、3年間の百貨店勤務を経て、1998年より北海の監督に就任した。 2016年夏の第98回全国高等学校野球選手権大会では、初戦(2回戦)でアドゥワ誠擁する松山聖陵にサヨナラ勝ちし、監督として夏の甲子園大会初勝利となった。
砂原 良徳(すなはら よしのり、1969年9月13日 - )… 砂原 良徳(すなはら よしのり、1969年9月13日 - )は、日本のテクノミュージシャン、マスタリング・エンジニア。1991年から1999年まで電気グルーヴのメンバーとして活動。「日本プロ音楽録音賞」ベストパフォーマー賞受賞者。2022年よりTESTSETのメンバーとしても活動中。愛称は「まりん」。 北海道札幌市豊平区出身。小学4年の時、地元のロボット展示会で耳にしたYMOの『中国女』が、自らの音楽的な出発点だという。中学生でシンセサイザーを始め、YMOやクラフトワークなどの、テクノポップ・ニューウェーブの影響を強く受ける。 1991年、平沢進のコンサートツアー「ヴァーチュアル・ラビット・ツアー」でのサポートメンバーを経て平沢から解凍後のP-MODELへ加入の打診を受けるが、かねてから交流のあった石野卓球へ1991年春に渡したデモテープをきっかけにCMJK脱退後の電気グルーヴへ同年夏にメンバーとして加入。
山中 さわお(やまなか さわお、1968年12月7日 - )… 山中 さわお(やまなか さわお、1968年12月7日 - )は、日本のシンガーソングライター。本名、山中 沢男(読み同じ)。1989年から2025年まで活動したオルタナティヴ・ロックバンドthe pillowsのリーダーで、ボーカル・ギターを担当。北海道札幌市生まれ、小樽市銭函育ち。 the pillowsの楽曲のほとんどの作詞作曲を手掛けている。主に代表作としては、「ストレンジ カメレオン」「ハイブリッド レインボウ」などが挙げられる。DELICIOUS LABELでのオムニバスアルバムではソロ名義の楽曲が収録されている。また、米倉千尋やザ・コレクターズ、V6、PUFFY、つるの剛士など自身のバンド以外での楽曲提供もまれに行っている。
有倉 雅史(ありくら まさし、1967年6月12日 - )は… 有倉 雅史(ありくら まさし、1967年6月12日 - )は、北海道上川郡鷹栖町出身の元プロ野球選手・現アマチュア野球指導者。 小学6年生から投手として活躍し、北海高では2年秋からエースとなった。 1985年のプロ野球ドラフト会議でロッテオリオンズから6位指名されるも拒否して、首都大学野球連盟の日本体育大学に入学(専攻は体育学部体育学科)、4年春に5勝1敗防御率1.50の好成績を記録し最優秀投手・ベストナインを獲得する。秋は明治神宮大会の初戦で先発するが、東北福祉大・金本知憲のサヨナラ本塁打で敗れた。 その後、1989年にプロ野球ドラフト会議で日本ハムファイターズから6位指名を受け入団。 長身からのフォークボールを武器に入団1年目の1990年から16試合に登板し4勝を挙げる。
大翔鳳 昌巳(だいしょうほう まさみ、1967年5月7日 -… 大翔鳳 昌巳(だいしょうほう まさみ、1967年5月7日 - 1999年12月4日)は、北海道札幌市豊平区平岸出身で立浪部屋に所属した大相撲力士。本名は村田 昌巳(むらた まさみ)。最高位は東小結。全盛期の体格は187cm、144kg。得意手は突っ張り、右四つ、寄り、上手投げ。現役時代はその人柄の良さと礼儀正しさで好感力士として知られた。 相撲で19回も北海道代表として国体に出場した父の指導で、中学生の頃から相撲を始める。北海高等学校時代には北海道代表として国体に出場した(兄もバスケットボールで出場を果たす)。日本大学でも相撲部に所属。上位入賞の常連だったが、学生横綱などのビッグタイトルとは無縁であり、タイトルはわずか1冠。