スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
齋藤 響介(さいとう きょうすけ、2004年11月18日 -… 齋藤 響介(さいとう きょうすけ、2004年11月18日 - )は、岩手県滝沢市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。 滝沢市立滝沢小学校3年生のときに竹の子スポーツ少年団で野球を始め、滝沢市立滝沢中学校では軟式野球部に所属。3年時に岩手県選抜に選出され、全国大会で準優勝を経験した。 盛岡中央高等学校に進学すると、1年夏からベンチ入りし、同年秋から公式戦に登板。中学時代の最速は135km/hながら、入学当初は硬式球の影響で120km/h台まで低下したものの、トレーニングを重ねて1年冬には143km/hを計測した。背番号1を背負った2年夏は岩手大会ベスト8。同年秋は学校内で新型コロナウイルス感染者が出た影響で県大会1回戦で不戦敗となった。
伊藤 ふたば(いとう ふたば、2002年4月25日 - )は… 伊藤 ふたば(いとう ふたば、2002年4月25日 - )は、日本のクライマー。専門はスポーツクライミング。 2002年4月25日、岩手県盛岡市出身。盛岡市立松園中学校、盛岡中央高等学校卒業。 父がスポーツクライミングを趣味にしていたことから、自身も小学校3年からクライミングを始める。競技を初めて間もなく、一発で15mも登ってしまい、父らを驚かせるなど、早いうちから天賦の才を発揮したという。 2014年から公式競技会に出場するようになり、第17回JOCジュニアオリンピックカップ大会(富山県南砺市)のリード競技のアンダーユースBで2位入賞を果たす。 2015年はクライミング日本ユース選手権リード競技(アンダーユースB部門)、全日本クライミングユース選手権ボルダリング競技大会(ユースC)の二大会を制覇した。
米澤 蓮(よねざわ れん、1999年7月23日 - )は、岩… 米澤 蓮(よねざわ れん、1999年7月23日 - )は、岩手県出身の日本のプロゴルファー。ティ.エム.プラテック所属。 岩手県盛岡市出身。テレビのゴルフ中継を見て興味を持ち、小学3年次のある休日に家族でニトリに買い物に行くも、開店時間を1時間間違え、早く着いてしまうが、その隣にあったのがゴルフ練習場で、「ボクもやってみたい」のひと言がゴルフとの出合い。ほぼ独学で腕を上げて小学生時代から多くの大会で優勝してきた。『東北ジュニア』は各カテゴリーで計5勝、盛岡中央高等学校時代は『東北高校選手権』を3連覇した。東北福祉大学に進んだ2018年からはナショナルチームでも活躍。2018年、インドネシアで開催された『第18回アジア競技大会ゴルフ競技』の団体で金谷拓実、今野大喜、中島啓太と共に5大会20年ぶりの日本チーム金メダルを獲得。
小林 陵侑(こばやし りょうゆう、1996年〈平成8年〉11… 小林 陵侑(こばやし りょうゆう、1996年〈平成8年〉11月8日 - )は、日本のスキージャンプ選手、YouTuber。岩手県岩手郡松尾村(現:八幡平市)出身。 盛岡中央高等学校を経て2022-23シーズンまで土屋ホーム所属。日本人男子初のスキージャンプ・ワールドカップ総合優勝者(2018-19、2021-22シーズン)。日本人男子ではFISワールドカップで最多の通算35勝。スキージャンプ週間総合優勝3回(2018-19、2021-22、2023-24シーズン)で2018-19シーズンは全勝優勝。2022年北京オリンピックのジャンプ男子ノーマルヒル金メダリスト、男子ラージヒル銀メダリスト。紫綬褒章受賞者(2022年4月29日)、県民栄誉賞受賞者(岩手県、2019年5月8日、2022年5月5日)。
佐藤 洸彬(さとう ひろあき、英語: Hiroaki Sat… 佐藤 洸彬(さとう ひろあき、英語: Hiroaki Sato、1995年12月6日 - )は、日本のフィギュアスケート選手(男子シングル)。岩手県盛岡市出身。血液型はO型。岩手大学大学院修了。2015年ガルデナスプリング杯3位。 盛岡市立城西中学校、盛岡中央高等学校卒業、岩手大学教育学部卒業。岩手大学大学院修了。5歳のときにスケートを始める。 2008-09シーズン、全日本ジュニア選手権に初めて出場し27位となった。その後、同選手権での成績は2010-11シーズンに27位、2011-12シーズンに10位、2012-13シーズンに13位、2013-14シーズンに11位となる。 2014-15シーズンよりジュニアグランプリシリーズに参戦し、初戦であるJGPクールシュヴェルで8位となる。
鈴木 一朗(すずき いちろう、1995年8月1日 - )は、… 鈴木 一朗(すずき いちろう、1995年8月1日 - )は、岩手県盛岡市出身のサッカー選手。関東サッカーリーグ・東邦チタニウムサッカー部所属。ポジションは、ディフェンダー(DF)。 名前は野球好きの祖父がイチロー(鈴木一朗)にあやかって名付けた。 小学1年生から厨川ファイターズで野球を始め、当時のポジションは投手。右投右打だったがイチロー同様に左打に挑戦させられるなど祖父からの期待が強く、名前ゆえのプレッシャーもあり、逃げ出すかのように小学5年生のときサッカーに転向。グルージャ盛岡ジュニアに所属した。 富士大学在学中の2016年6月、特別指定選手に承認され、グルージャ盛岡に選手登録。同年7月3日のJ3第15節ガイナーレ鳥取戦でJリーグ初出場した。
小林 諭果 (こばやし ゆか、1994年5月16日 - )は… 小林 諭果 (こばやし ゆか、1994年5月16日 - )は、岩手県岩手郡松尾村(現八幡平市)出身のスキージャンプ選手である。盛岡中央高等学校 - 早稲田大学 - CHINTAIスキークラブ。兄の小林潤志郎、弟の小林陵侑、小林龍尚もスキージャンプ選手である。 小学校4年生から柏台スポーツ少年団でジャンプ競技を始めた。2008年3月8日に開かれた蔵王大会でコンチネンタルカップに初出場し、1日目29位、2日目30位でポイントを獲得した。国際大会参加初期は国内開催の大会のみの参加であった。2008/09シーズンは好調で、蔵王大会で1日目26位、2日目25位であった。2009年シーズンは1日目30位、2日目32位。
小林 潤志郎(こばやし じゅんしろう、1991年6月11日 … 小林 潤志郎(こばやし じゅんしろう、1991年6月11日 - )は、日本岩手県岩手郡松尾村(現在の八幡平市)出身のノルディック複合、スキージャンプ選手。盛岡中央高等学校、東海大学を経て2023-24シーズンまで雪印メグミルクスキー部所属。2024-25シーズンよりWynn.所属。妹の小林諭果、長弟の小林陵侑、末弟の小林龍尚もスキージャンプ選手である。 高校時代はノルディック複合の選手として活躍し、3年時にはノルディックスキージュニア世界選手権の複合・個人スプリントで優勝、小林範仁以来日本人2人目となる金メダルを獲得した。 しかし、元々ジャンプが得意であり、高校1年時の全国高等学校スキー大会(インターハイ)で優勝、高校3年時の第11回伊藤杯シーズンファイナル大倉山ナイタージャンプ大会では天候不良のため1本のみで決勝したものの、成年組の選手を押さえて優勝する などジャンパーとしての才能の片鱗を見せた。
ISAO(イサオ、1988年10月28日 - )は、日本の総… ISAO(イサオ、1988年10月28日 - )は、日本の総合格闘家。宮城県大崎市古川(旧・古川市)出身。NEVER QUIT所属。PANCRASE2階級制覇王者(第5代ライト級キング・オブ・パンクラシスト、第8代フェザー級キング・オブ・パンクラシスト)。5年間に渡ってPANCRASEフェザー級王者として君臨してきたことから、“難攻不落の絶対王者”と呼ばれ、“日本人MMAフェザー級最強”との呼び声が高い選手である。KRAZY BEEにも出稽古に行っており山本“KID”徳郁の存命中にはKIDの練習相手・スパーリングパートナーを務めていた。兄は総合格闘家の小林ゆたか。 柔道の指導者であり、宮城県古川高等学校柔道部時代に団体・個人共に宮城県大会を制しインターハイに出場した父・小林信之の影響・指導で幼少期より柔道を始め、盛岡中央高等学校柔道部時代は岩手県高校総体で団体と73kg級個人で優勝している。
銀次(ぎんじ、本名:赤見内 銀次〈あかみない ぎんじ〉、旧姓… 銀次(ぎんじ、本名:赤見内 銀次〈あかみない ぎんじ〉、旧姓:宇部〈うべ〉、1988年2月24日 - )は、岩手県下閉伊郡普代村出身の元プロ野球選手(内野手・捕手、右投左打)。2024年より東北楽天ゴールデンイーグルスのアンバサダーとして東北地方の野球振興に携わる。 愛称は「銀ちゃん」。ドラフト指名当時は「宇部」姓であったが、母親の再婚により「赤見内」姓となった。 小学校2年生まで岩手県久慈市に住んでいたが、祖父の住む同県普代村に引っ越し、野球好きの祖父の影響で野球を始め、普代小3年時に「普代村野球スポーツ少年団」に入団する。野球を始めた当時は右打ちであったが、左打ちに変更したのも祖父の指導による。
髙橋 和廣(たかはし かずひろ、1978年12月4日 - )… 髙橋 和廣(たかはし かずひろ、1978年12月4日 - )は、日本のパラアイスホッケー(アイススレッジホッケー)の選手。パラアイスホッケー日本代表としてパラリンピックの4大会に出場している。東京アイスバーンズ所属。 東京都西東京市(旧保谷市)生まれ。小学6年生からアイスホッケーのジュニアクラブ(西武ホワイトベアーズ)に所属、盛岡中央高等学校在学時には3年連続でインターハイに出場した。 大学進学後もアイスホッケーを続けていたが、21歳の時にスノーボードの転倒事故により脊髄を損傷。退院後のリハビリとしてアイススレッジホッケーに出会う。当初はアイスホッケーとは勝手の違うアイススレッジホッケーに対応できず「面白くないスポーツだ」と感じていたが、徐々に競技にのめりこみ、1年後の2002年ソルトレークシティパラリンピックのアイススレッジホッケー日本代表に選出された。
鈴木 正幸(すずき まさゆき、1957年4月16日 - )は… 鈴木 正幸(すずき まさゆき、1957年4月16日 - )は、岩手県九戸郡出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 私立龍澤高校から、社会人野球の札幌トヨペットに入団。1980年の都市対抗野球にチームとして初出場。樋口博美(王子製紙苫小牧から補強)らの好投もあり決勝に進出。大昭和製紙との決勝ではリリーフとして起用されるが、佐々木正行に本塁打を浴びるなど攻略され、準優勝に終わった。 1980年オフに、ドラフト外でヤクルトスワローズに入団。 1982年には5月から先発として起用され2勝を挙げる。1安打完投を2回も記録するほど好調だった(内訳は1勝1敗)。6月18日の対大洋戦では、2回に屋鋪要の犠飛で1点を失うも8回2死まで無安打投球だったが、投手の野村収に唯一の安打を打たれ、味方打線はその野村に1安打完封を喫したため、両軍1安打ながら負け投手になった。
戸塚 純貴 は、日本の俳優。岩手県盛岡市出身、ボックスコーポ… 戸塚 純貴 は、日本の俳優。岩手県盛岡市出身、ボックスコーポレーション所属。盛岡中央高等学校卒業。
福田 萌 は、日本のタレント。岩手県出身。ジャパン・ミュージ… 福田 萌 は、日本のタレント。岩手県出身。ジャパン・ミュージックエンターテインメント(エキサイティング・トリガー)所属。結婚前の本名は芸名と同じ。夫はオリエンタルラジオの中田敦彦。