スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
齋藤 響介(さいとう きょうすけ、2004年11月18日 -… 齋藤 響介(さいとう きょうすけ、2004年11月18日 - )は、岩手県滝沢市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。 滝沢市立滝沢小学校3年生のときに竹の子スポーツ少年団で野球を始め、滝沢市立滝沢中学校では軟式野球部に所属。3年時に岩手県選抜に選出され、全国大会で準優勝を経験した。 盛岡中央高等学校に進学すると、1年夏からベンチ入りし、同年秋から公式戦に登板。中学時代の最速は135km/hながら、入学当初は硬式球の影響で120km/h台まで低下したものの、トレーニングを重ねて1年冬には143km/hを計測した。背番号1を背負った2年夏は岩手大会ベスト8。同年秋は学校内で新型コロナウイルス感染者が出た影響で県大会1回戦で不戦敗となった。
銀次(ぎんじ、本名:赤見内 銀次〈あかみない ぎんじ〉、旧姓… 銀次(ぎんじ、本名:赤見内 銀次〈あかみない ぎんじ〉、旧姓:宇部〈うべ〉、1988年2月24日 - )は、岩手県下閉伊郡普代村出身の元プロ野球選手(内野手・捕手、右投左打)。2024年より東北楽天ゴールデンイーグルスのアンバサダーとして東北地方の野球振興に携わる。 愛称は「銀ちゃん」。ドラフト指名当時は「宇部」姓であったが、母親の再婚により「赤見内」姓となった。 小学校2年生まで岩手県久慈市に住んでいたが、祖父の住む同県普代村に引っ越し、野球好きの祖父の影響で野球を始め、普代小3年時に「普代村野球スポーツ少年団」に入団する。野球を始めた当時は右打ちであったが、左打ちに変更したのも祖父の指導による。
鈴木 正幸(すずき まさゆき、1957年4月16日 - )は… 鈴木 正幸(すずき まさゆき、1957年4月16日 - )は、岩手県九戸郡出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 私立龍澤高校から、社会人野球の札幌トヨペットに入団。1980年の都市対抗野球にチームとして初出場。樋口博美(王子製紙苫小牧から補強)らの好投もあり決勝に進出。大昭和製紙との決勝ではリリーフとして起用されるが、佐々木正行に本塁打を浴びるなど攻略され、準優勝に終わった。 1980年オフに、ドラフト外でヤクルトスワローズに入団。 1982年には5月から先発として起用され2勝を挙げる。1安打完投を2回も記録するほど好調だった(内訳は1勝1敗)。6月18日の対大洋戦では、2回に屋鋪要の犠飛で1点を失うも8回2死まで無安打投球だったが、投手の野村収に唯一の安打を打たれ、味方打線はその野村に1安打完封を喫したため、両軍1安打ながら負け投手になった。